視えた縁
「で? 次はどの子に告白するの?」
からかい混じりの声が後ろから飛んできた。
振り返ると、美作紗季子が歩いてきた。
手には、学校指定の鞄。
「……やめてよ。俺、今めっちゃ傷口開いてんのに」
「そっか。でもあの子、けっこう人気あるしね。まあ、早めに当たって砕けたのは賢いかもよ?」
「うぅ……どっちにしろ砕けたんだけど……」
紗季子はくすりと笑った。
軽口を叩いてるようで、ちゃんと間を見てくれる感じ。
彼女と話していると、不思議と肩の力が抜ける。
「ていうか、なんで一緒に帰ってるの? 俺、ストーカーしてる人っぽくなってない?」
「違うよ。偶然。たまたま方向一緒だっただけ。……でも、もしほんとに落ち込んでるなら、ちょっとくらい付き合ってあげようかなって思っただけ」
「……優しいな。美作さん」
「“さん”付け禁止。なんか距離感じる」
「え、じゃあ……紗季子?なんてね。調子に乗りました。」
「よろしい」
「えっ?」
「いいよ、名前で呼んで。」
風が少し強く吹いて、紗季子の髪が揺れた。
その瞬間、彼女がふと空を見上げる。
「春って、なんか切ないよね。始まりなのに、終わりみたいな気がする」
「……わかる気がする」
言いながら、自分でも驚いた。
そういう感性を、俺もちゃんと感じられることに。
しばらく黙って歩く。川沿いの道に、菜の花が咲いていた。
そのとき、俺は小さな“落とし物”を見つけた。
「あれ……?」
舗道の端。
草むらの間に、銀色の細いチェーンが光っていた。
小さなペンダントのようだ。目立たないけど、確かに誰かが落としたもの。
俺はしゃがみこみ、そっと手を伸ばした。
──次の瞬間だった。
左目に、ズン、と妙な重みが走った。
同時に、視界に“なにか”が現れた。
細い光の糸。まるで蜘蛛の糸のように、淡く、細く、でも確かにそこにある線が、ペンダントから伸びて──
「……え?」
それは、前を歩いていた女子生徒の鞄につながっていた。
──なにこれ……線? 見えてるの、俺だけ?
「紗季子……ごめん、先帰ってて。ちょっと届け物してくる!」
「え? ちょ……清雅?」
呼びかける声を背に、俺は思わず走っていた。
“線”を辿って。
──それが誰のものなのか、なぜわかったのかもわからない。
でも、見えた。繋がっていた。それだけで、確信があった。
前を歩いていた彼女に声をかけて、ペンダントを差し出す。
「……これ、落としましたよね?」
「えっ……あ……! うそ、どこにあったの!? ありがとう!」
驚きと感謝。彼女は深くお辞儀して、笑顔を見せてくれた。
でも俺は、彼女の笑顔よりも、その“線”がほどけていく様子から目が離せなかった。
スッと、ふっと、まるで煙のように。
ペンダントと彼女を結んでいた線が、消えた。
──これは、“縁”……?
はじめて見るものにしては、あまりにも自然だった。
でも、それは確かに、目に見えていた。
「……俺、変なもん見えるようになった?」
帰り道の空はすっかり夕暮れに染まり、空気が肌寒くなっていた。
けれど、心の奥はふしぎとあたたかくて、少しだけ、興奮していた。