始まりの告白と“縁”の目
春という季節は、どうしてこうも人を浮かれさせるのだろう。
暖かい風が制服の袖をふわりと持ち上げるたび、俺――綴 清雅は胸の奥がむずむずして、顔が自然とニヤけてしまう。
「ついに始まった……。俺の、高校生活が……!」
家から高校まで、片道およそ三十分。田んぼを縫うように続く通学路を歩きながら、俺は何度目かの自己紹介の練習をしていた。
「綴清雅です! 趣味は、えーと……まあ色々あって……あ、でも何より、よろしくお願いします!」
ダメだ、アホみたいだ。
でも、いいのだ。今日は人生の転機、なんでも許される日。
なんなら、ここで彼女ができる未来だってある。
春だし。桜咲いてるし。
よく分からないけど、根拠のない自信だって芽吹く。
そんな浮かれ気分を、吹き飛ばすような出来事が、校門の向こうで待っていた。
──彼女は、風の中にいた。
明るい茶色の髪が肩のあたりで揺れて、微笑んだとき、周囲の空気がほんの少しだけやわらかくなったような気がした。
「あ……」
気づけば俺は、立ち止まっていた。
まるで、スローモーション。
ドラマでしか見たことないような瞬間が、現実に訪れていた。
「……え、なに? 今の……天使?」
言葉が口から漏れて、我に返る。
まさか、入学初日に、一目惚れするとは。
ただの通学路が、少し特別に思える。
ただの春風が、少しあたたかく感じる。
──このときの俺は、まだ知らない。
この出会いが“恋のはじまり”じゃなくて、“気づきの始まり”だったことを。
“見える縁”に惑わされ、“見えない想い”に助けられていく日々の中で、俺が本当に大切にしたいものを、まだ何ひとつ分かっていなかったことを。
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