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風紀委員長 今泉



間も無く前期終業式だ。

先生方の講話がメインになるが、生徒会にもするべき仕事はある。まぁ表彰準備など大したものではないから、独りでなんとかなる範囲だ。

それよりも日常的な雑務の方が面倒である。マンパワーが必要な作業的な仕事。その意味で、生徒会の奴らがいてくれたらなと思うことはある。


などと考えつつ、独り放課後の生徒会室で、各部・委員会から出された予算使用願いやら修繕願いやらに片っ端から生徒会長印を押印していると、ノックの音が聞こえてきた。



「俺だ、神前」



オレオレ詐欺犯かおまえは。


とつい突っ込んでしまいながら、許す声を掛けると、扉が開き、生徒が一人入ってくる。俺と並ぶほどの長身で、逞しいのが制服の上からでもわかる体つきをしている。不善を決して許さぬといった生真面目で精悍な顔立ちは、学園内での人気も高い。


剣道部副主将兼風紀委員長、今泉である。



「悪いな、忙しいときに」

「いや、暇してた」

「そんなわけなかろう。おまえ一人で生徒会を回しているのだから」



俺は苦笑した。この男の口調と堅物っぷりは、いつ会っても現代の若者からはかけ離れていておもしろい。

今泉がファイルからコピー用紙を数枚取り出して寄越した。俺が作成を頼んでいた資料だ。内容は、転校生・雛形に関わる生徒指導案件のまとめである。

目を通し、礼を言う。今泉は物言いたげにこちらを見ていた。



「なんだよ」

「…おまえは、なぜあの転校生を近寄らせるんだ。生徒会の他の者どもが仕事をしなくなったのは、あれの所為に他なるまい。言わば諸悪の根源。憎くないのか」



この男の表情はあまり変化しないから感情がわかりにくいのだが、どうやら心配してくれているようだ。委員長自ら生徒会室に足を運んでくれたことからも、それはわかる。

俺は頬が緩むのを感じた。



「――ありがとな。でも、俺は雛形が単なる悪だとは思っちゃいねぇよ。たしかに、あいつが来てから校内の問題は増えたし、要注意人物として見てる。それでこんな資料わざわざ作ってもらったんだしな。それでも、あいつが来てから、生徒会の奴らがなんか楽しそうに学校生活を送り始めたのも確かだ。そりゃ俺にはできなかったことだからな」



良くも悪くも、雛形はこの学校に風を吹き込んだ。それに気分を害する者もあるが、良い影響を受けた者もある。

生徒会役員たちも生徒であるからは、学校生活を謳歌する権利がある。本分たる学業を疎かにしすぎない範囲で、恋に現を抜かすも青春だろう。



「ま、選挙で選ばれてそれを了解して役員になった以上、仕事してねぇ現状は許されることではねぇ。これは俺が会長として責任もってなんとかする。そんで、生徒間トラブルなんかの校内の問題は、お前と俺とでなんとかすりゃいい。だろ?」



俺は今泉を信頼している。機密である生徒会機能がうまくいっていない件についても伝えてある。

それは、校内の他のイケメンのようにこいつが雛形に惑わされなかったというのも大きな要因だが、何より信頼しているからだ。付き合いも長いしな。


今泉は、俺の言にわずかに眉を寄せただけで、なんとも応えることなく生徒会室をあとにした。

しかし俺にはわかっているのだ、こいつは俺を裏切らないと。


俺は少しいい気分になって、仕事を再開した。






再び扉が開くのを見て、僕は思わず、早っ、と呟いてしまった。


生徒会室前から伸びる廊下をしばらく行った曲がり角。そこに僕はいて、そこから顔だけ出して生徒会室を見ている。手にはあんパンだ。張り込みの基本だよね。


中から出て来た風紀委員長様は、しばらくは常の剣道部らしい凛とした歩き方をしていたが、こちらに戻ってくるに従いよろめき始めた。そして、僕の隣にたどり着くなり、廊下に跪く。


うん、途中で倒れなかっただけ上出来!



「おかえりなさい今泉様。わずか3分くらいでしたが、いかがでした?」



隣にしゃがみ込んで尋ねる。

今泉様は普段と殆ど変わらぬ表情で廊下の一点を見つめ、



「…きんちょうした」



とやけに幼い口調で呟き、ついに廊下に突っ伏した。


普段の今泉様の姿しか知らない人が見たら、どうしたことかと救急車を呼ぶだろう。あの鉄面皮、沈着冷静、心身頑健なる風紀委員長様が廊下に蹲るなど、相当な事態に違いない!と。

まさか、どう推論を立てたとて、「好きな子と話すのに緊張しすぎて倒れた」とは思うまい。



言い遅れたが、僕は風紀委員長親衛隊の隊長をしている。

でも実態は、親衛隊というより、「風紀委員長様の恋を見守り隊」と言ったほうが正しい。しかも最近では、いっそ「風紀委員長様の恋を進展させ隊」だ。


どういうことか。

今泉様が奥手すぎてもう見てらんねぇのだ!


今泉様が会長様を見初めたのは、本人の言に寄れば出会ったその瞬間というから、初等部の頃に遡る。

その頃から互いに才覚とリーダーたる資質を持ち合わせていたお二人は、それから今日に至るまで、数多くの場面で共にあった。


なのに、今だに3分話すだけでこれ。


もう僕たちは焦れったくて仕方が無いのだ。

最近では生徒会役員様たちが職務をご放棄あそばしていることもあり会長様が一人で過ごしている時間が増え、かなりアプローチしやすい状況ができている。

これはもう行きまくって親密度ガン上げするっきゃないでしょうと、親衛隊会議でも今泉様に進言申し上げまくっている。


だというのにこの人ったらチキっちゃって行かないのである。会長様が此度の資料作成をお願いしたから、ようやく会いに行けたのだ。



「今泉様、3分はちょっと短いですよ。計画どおり、体育祭のこととかについての雑談はちゃんとしてきたんですか」

「むり。いいにおい。しぬ」

「はぁ、会長様から良い匂いがしたから、恥ずかしくて無理で逃げてきたんですか」

「うん」

「うーん、まあ隊員たちには怒られると思いますけど、とりあえずお疲れ様でした」

「はなせて、うれしい」

「そうですか、よかったですね」

「うん」



会長様は、この学園のトップスター。

完璧な美貌、知性、運動能力、家柄。そして何より、人柄がイケメンすぎる。逆に完璧すぎて誰も手出しのできない聖域。

もちろん僕も会長様のことは尊敬している。匂いとか、僕も嗅いでみたい。


対して、今泉様だって決して引けを取らないステータスは持っている。

だが、人柄がダメだ。概ねいいのだが、好きな子に対する度胸の無さが、珠に決定的な瑕を付けてしまっている。釣り合わない。


ていうか僕、ぶっちゃけこの恋の成就は無理だと思っている。

隊長だから言わないけどね。



「今泉様、明日は差し入れを持って行ってみましょう」

「む、むり」

「ほら、そろそろ人間に戻ってくださいよー。風紀室帰りましょ。仕事もしないとですし」



それでも、僕は、応援するのだ。

どんなに情けなかろうとも、僕はこの人が好きだし、なんたって、親衛隊長だから!


こんなチャンスをつくってくれた転校生には本当に感謝しないとなぁと思いつつ、僕は風紀委員長様と肩を組んで歩き出したのだった。


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