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体育祭 モブと借り物競走編



僕は、もうすぐ転校する。夏季休暇に入ったらすぐだから荷物をまとめておけよ、と親から言われている。

僕はもうすぐ、初等部以来9年に渡り在籍したこの学園を、あとにするのだ。


当然、さみしい。コミュ力低くて、あまり友達は多くなかったけど、学校生活はとても楽しかったと思う。

みんなと卒業できれば、それが一番よかった。

でもこれは仕方がないことだ。覚悟はできている。納得もしている。


だけど、最後に思い出がほしいなと、思ったんだ。






借り物競走が始まった。

借り物競走とは、コースの途中に置かれた指示書に書かれている「何か」を持っていないとゴールできないというレースである。

当然、スタート時に走者は何も持っていないわけだから、その何らかの「もの」を誰かに借りに行かなければならない。物を借りるがゆえに、借り物競走という。


「借り物」とタイトルにはあるが、本校体育祭では、「物」だけではなく「人」も借りる対象に入っている。

例えば、いま俺の隣で雛形を抱えてのんびりしていた書記が、クラスメートの奴に呼ばれてしぶしぶ借りられていった。

指示書には何と書いてあったのだろう、「無口な人」だろうか。


露骨にだれ、と個人を特定するようなことは書いていない。眼鏡をかけた人とか、背の高い人とか、そんな感じで書かれている。

遠ざかる書記の背を見やりながら、俺はしみじみと考える。


ーーどうしたら俺が呼ばれるのか、と。


そう。実は、俺が一番楽しみにしていた種目はこの借り物競走である。

なぜなら、一番わちゃわちゃしておもしろいからだ。まっすぐにゴールを目指す競技も燃えるが、こういう、足の速さなどといった身体能力だけを競うものではない競技だと、誰が勝つかわからないため見ていてすごくおもしろい。なんつーかユニバーサルだと思う。

足が遅い奴が俺のことを借りに来て、そいつを俺が引っ張って、見事1位でゴールする――という光景を、実はここ数日夢に見ていて、我ながら痛いなと思っている。


しかし、その光景が実現したことはない。

2位ならあるとかいうことでもない。

なぜか。


そもそも誰も俺を借りに来ないのだ。


去年も、外目にはわからないよう振舞ったが内心では相当ドキドキしながら待っていた。

なのに、書記(「無口」「背が高い」)や、会計(「双子」「かわいい」)は呼びに来るくせに、俺のところにはこねぇ。



なんでだよ!普段俺にかっけーとか言ってんだから、「かっこいい人」とかで俺を呼びに来いよ!!



と、表面にはキリリと無表情を保ちつつ心中で地団駄踏んで絶叫していたあの日から、一年。

俺は策を講じた。

と言ってもやったことはシンプルだ。体育祭実行委員の仕事をちょっと手伝う代わりに、俺にもいくつか指示書を作らせてもらったのだ。「名前に『神』がつく人」「生徒会役員の人」など、俺感のあるものを。


さすがにこれで、せめて誰か一人くらいは呼びに来るだろう。この俺を!


俺の走順は先ほど終えた。

あとは、席に戻って呼ばれるのを待つだけだ。



「神前あなた、なんだか楽しそうですね」



隣から副会長が話しかけて来た。

なんだか普通に話しかけられるのは久しぶりな感じがする。最近は雛形関連で棘のある言葉を向けられてばかりだったからな、しかも身に覚えのない。



「わかるか?俺、借り物競走好きなんだよな」

「そうなんですか。私は嫌いですね。無駄に時間がかかるので」



はぁ、そうかよ。もったいねぇな。と言おうとしたら、副会長のクラスメートがやって来て、副会長を連れて行った。指示書は「何かの『副』な人」。

走る副会長の姿に、生徒たちの間から歓声が上がる。あいつもそこそこ足速ぇんだよな。


というか、嫌いだと言っていたやつまで連れて行かれるのに、なぜ俺のところには誰も来ないのか。神はいないのか。「何かの『副』な人」があるなら、まさか「何かの『長』」もあんだろうなコラ。


と、内心でクダを巻き始めたそのとき、――視界の端に人影が立った。




「あの、会長様。…一緒に来てくれますか?」




そのときの俺の姿は、おそらく傍目には些かも動じていないように見えたに違いない。

生徒会長は人前に立つことが多いが、全校生徒の代表者たるもの、緊張した様子を見せることは許されない。すなわち、内心の動揺を表に出さない訓練は人一倍積んでいるのだ。

歓喜と興奮から顔が笑い出してしまいそうになっていたことなど、すぐ隣にいた雛形でさえ気づかなかったことだろう。

細身の男だった。クラスは違うが、なんとなく見覚えのあるような顔である。



「おう、構わねーよ。指示書にはなんて書いてあるんだ?」



飛び上がるようにして立ち上がりたいと力む両脚をなだめ、何もかもいつも通りであるように装いながら立ち上がり、尋ねる。

すると一瞬、男の顔が強張ったのを、俺は見逃さなかった。


これ、と差し出された紙には、「生徒会長」と書かれていた。


指示書作りに携わったから、どんなものがあるかは全て把握している。個人を特定できるような指示書は存在しないことも知っている。

こんな指示書、あるわけがない。


そいつの顔を見やると、そいつは祈るように力強く、目をつむっていた。






――気づかれた。

会長様の思慮深い眼差しを向けられ、僕は確信した。


生徒会長親衛隊に入って、これまで一度も、こんなに近くでお会いしたことはない。同学年だけど、本当に、そば近くに立つだけで緊張するほどオーラのある人だ。美しい。その一言に尽きる。


でも、この方にこんなにも近くでお会いできるのは、これがきっと最初で最後だ。

今後一生ない。一生だ。

この機会を逃していいのか。

そう考えることで、僕はなんとか、会長様の前から逃げ出そうとする足を叱咤していた。



「……」



眼を閉じているのに、視線を感じる。

体の横で握りしめた拳が、震えている。


どうか、どうか、神様。


きっと時間にしたら一瞬だったに違いない。しかし僕にとっては神の断罪を待つようなものだったので、とても長く感じた。

そのひと時が、終わる。

会長様が僕の手をとったのだ。

反射的に顔を上げると、ぐいと引っ張られ、すでに走り出していた。

わ、と思わず声をもらすと、会長様が振り返る。青空を背景に、散る髪が光を浴びて、まるで天使のようで、僕は息が止まった。




「――まぁ細けーことはおいとく。お前は俺を選んだんだ。俺が、お前を1位にしてやるよ!」




にやりと微笑まれ、僕はもうダメだった。顔が、掴まれた手が、ものすごい勢いで温度を上げていく。


かっこいい。確信だ。この世で一番、かっこいい。


つっかえながら、ありがとうございます、とい言ったのだが、言えていたか怪しい。



会長様は俊足だった。結果は当然1位である。

あまりにも僕の足が遅かったから、途中抱えられ(このときの記憶はあまりの事態に思考が凍結し失われてしまった)、あっという間に、気づいたらゴールしていた。


惚けていた僕を正気に返したのは、一般生徒の席から上がる普段よりも凄まじい歓声ではなく、「この指示書俺が混ぜたんだよ、悪ぃな」と体育祭実行委員に伝えていらっしゃる会長様のお声だった。

委員は頬を赤らめて戸惑いつつも、いいんですよ手伝ってもらいましたし、などと笑顔でそれを許している。


熱に浮かされ焼ききれそうな思考回路がやっと繋がって、会長様が僕をかばってくださっている、ということを、僕はやっと理解した。血の気がすうと引いていく。

会長様がもう一度「悪い」とおっしゃった瞬間、僕は90度を超える深さで頭を下げた。

僕の代わりに詫びさせるなんて!兎にも角にも謝罪の言葉を伝えなければ!

しかし焦って縺れる舌はうまく言葉を紡がず、意味のなさない音を生み出すばかり。涙が出てきた。


なのに、なぜだろう。

会長様は、そんな僕の頭を撫でてくださった。


混乱しすぎて頭があげられない。なぜだろう、これは夢だろうか。なぜだろう。なぜだろう。

そのときの混乱ぶりも相当なものだと僕は思っていたのだが、それでも混乱の極致というわけではなかったということを、次の瞬間に思い知る。


会長様が、僕の脇の下に手をやって持ち上げたのだ!




「ありがとな!俺、いま最高にうれしいわ!」




しかも、喜色満面といったキラキラの笑顔。


そのままぐるぐる回る会長様。

遠心力に足が引っ張られるのを感じつつ、ただ無様に「あばばばば」という声を漏れ出させるばかりの僕。

ああ、会長様、腕力すごい。このまま時間止まれ。僕って実はもう死んだのかな?




取り止めもない思考の中、僕は遂に気絶したらしい。

気がついたら夕暮れの保健室だった。


保健の先生は、目を覚ました僕を優しく見つめながら、「寝ながらにやにやしてたけど、体育祭楽しかった?」と問うた。

それに、僕はうなずき、「心の底から」と答えた。


会長様、ありがとうございました。

きっと一生、大好きです。







俺の夢は叶ったのだ!

俺は完全に浮かれ切っていた。あの俺が1位にしてやった男(強調)が気絶したのには驚いたが、とにかく俺は満足していた。

意気揚々と役員席に戻ると、



「せーじ先輩っ!まさか、あ、あいつのこと好きなのか!?」

「神前。そこに座りなさい」

「かいちょー、自分の影響力」

「考えて行動してよねー?」

「あいつ、ずるい」

「会長様、お話があって参りました」



驚くほど空気が濁っていた。

しかも俺の親衛隊の隊長までいる。その隣には、副会長の親衛隊長もいるようだ。なんでだ。


それから、懇々と説教された。(征司先輩あーいうのやりたいなら俺がやらせてあげるからあんな花の無い奴やめとけよとか、自分が周囲からどう思われているのかわからないんですか会長たるもの人前であんなににやけては威厳を損ないます恥を知りなさいとか、あんなに他人にベタベタしたことないじゃんお姫様抱っことか僕たちにもやってよあのくるくるとか親衛隊の子たちすごい羨ましそうな顔で見てたよとか、おれも、とか(これはよくわからない。ちゃんとしゃべれ)、会長様はこれまで一般生徒と必要以上に接近しなかったので言う必要がありませんでしたが今日はついに言わせていただきますああいった行為を特定の一人に行うと親衛隊が羨ましがっていびろうとするのですいじめのはじまりですそれを止めねばならない僕の苦労をわかってくださいていうか僕にもやってくださいとか)


まあいいのだ、俺は満足だ。

それに、あの男も満足そうだった。ゴールした直後、「最高の思い出になりました」とか言ってたしな。


その後結局、副会長と書記以外の奴らを持ち上げて振り回したら、俺はなんだか許されたらしかった。




みんな畏れ多くて頼めない

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