体育祭 モブ救出編
体育祭がやって来た。
晴れ渡る空の下、全校生徒がまるでドミノのように整列している。
そのすべての目が、いま、朝礼台の上を注視していた。
そこにいるのは、今日も完全無欠の美貌とモデル並みのプロポーションを誇るこの学校一の美男子、ザ・パーフェクトこと、生徒会長様である。
美しすぎる人が学校指定のジャージを着ているのを見ると、凄まじい違和感とともになんだか悪いことをしている気分になるということを学びながら、俺もまた、生徒会長様の姿を見つめていた。
「――注意事項は以上です。では、」
朗々と紡がれていた言葉が結びに入ると、生徒たちの、いや教員たちも含むすべての人々の身体に、不意に力が入る。
来る。
空気に満ちるのは期待だ。
会長様が、口の端を引き上げた。瞳を細め、ワイルドな笑みを浮かべる。
「楽しめよ?てめぇら」
瞬間。
そのかっこよさに耐えきれず甲高い声で叫ぶ者や、雄叫びを上げる者たちの声で、運動場は騒然となった。
俺は口を両手で押さえてなんとかこらえながら、心の中では大絶叫していた。
(ああ本当に本当にマジでかっこいい!!同じ人間とは思えない!!さすがは俺の生徒会長様!!)
心の中だから、俺のとか言っても平気。うへへ。
そんなこんなで、体育祭は開幕したのである。
申し遅れたが、俺は名もなき一生徒である。
俺のプロフィールについては割愛だ。あ、ただひとつ、これだけは言っておこう。俺は生徒会長様親衛隊の一隊員でもある、と。
いつも遠くから見つめるだけの(それでも姿を見られるだけで幸せではある)会長様だが、こういった行事のときは、比較的近くでお会いすることができる。
だから、俺は今日という日を、ものすごく心待ちにしていたのだ!会長様の出る競技ももちろん全部チェック済みだ。そのときは最前列で声援を送りながら、親から借りた一眼レフでその神々しい姿を撮影し、永遠に保存しようと準備している。
次の次の競技が、はじめに生徒会長様が出場する障害物競走だ。
楽しみだなあかっこいいんだろうなあうえへへへぇ、と生徒会席を見やりながらにやけていると、ふと、なんだかそこに異物が混入していることに気づき、気分が急降下してしまった。
「――あいつ、またっ…」
思わず呟くと、隣に座っていたクラスメートらしき男が振り向いた。俺の視線の先を見て、納得したように頷く。
「あー、あれな。よくやるよなぁ。生徒会席は役員専用なのに。噂によると、ゴール前で競技を見たいからって、役員のやつらに頼んだっていうけど」
そう、俺たちの視線の先には、生徒会役員たちと、それに囲まれるようにして座る、例の転校生の姿があった。
俺はあの転校生が嫌いだ。
まず、なぜ学校にカツラを被って来るのか理解ができない。たまにちらりと金髪が見えているときがあるから、禿げているからとかいう理由ではないらしい。ならなんで?と思う。
瓶底メガネはまぁ、目が悪いなら仕方ない。次に、うるさい。俺は直接会話したことはないが、いつも大声で喚いているイメージだ。
そして、何より一番大きな理由は、
「うわ、すげえ何あれ。ファンに殺されんじゃねぇの」
クラスメートが言う。
俺は激昂しそうになって立ち上がった。転校生が、会長様の腕に自らの腕を絡めたのだ。
そう、俺が転校生を嫌う最大の理由は、会長様にベタベタするからだ!
まったくなんてうらやま…いや身分不相応なんだ!俺も頼めば…いやいや親衛隊に抜け駆けは厳禁だ!まったく転校生はなんて危険なんだ!
俺は親衛隊として奴を排除するべきか悩んだが、しかし、会長様が特に抵抗するふうでもないのを見てとって、また座った。転校生は腕を絡めたまま、楽しそうに何事か話しかけているようだ。
だが会長様は、振り払おうとはせず、完璧に美しい座り方を保ち続けている。
なんで…まさか、会長様はあの転校生のことを…
愕然とする俺に、さっきのクラスメート…正直誰だっけ名前知らない…とにかくクラスメートが、元気だせよ、ジュースおごるぜ、と言う。
ふらふらと共に歩き出しながら、俺は思い悩んだ。
先程の二人の姿が目の前にちらつく。本当は他の役員もいたのだが、まったく目に入らなかった。
絡まれた腕。
縋るような転校生の眼差し。
会長様のお美しいかんばせ。
生徒たちを眺める涼やかな眼差し。
スラリと長い手足。
さらりとなびく御髪。
ああ…かっこいい……!
気がつくと転校生への不満やショックを凌駕する会長様のかっこよさにまたメロメロになっている俺。
よくあることだ。会長様のことを考えていると、いろんなことがどうでもよくなる。
うえへへへと幸福感に酔っていると、
「そういう、夢見がちなフワフワしてるとこも可愛いけどさー」
気がついたら、体育館裏。
しかも男の腕と壁との間に囚われている、いわゆる壁ドン状態。
急転直下。なにこれ?
手のひら一枚分ほどの近距離から、さっきジュース買ってくれるって言ってたクラスメートがこちらを見ている。
顔が陰になっててちょっと怖い。逃げようと身をよじったら、俺の股下に奴の膝が入って来た。完全に縫い止められてしまった。
「なんなのかわかんないって顔してる。ダメだよあんた顔かわいいんだから、変な奴と二人っきりになっちゃ。いつもはガーディアンがついてるからこんなことできないけど、今日はあいつ休みみたいだし、ラッキーだなと思って。あ、俺まえからあんたのこと狙ってたの。ちなみにクラスメートじゃないよ」
ガーディアンというのはクラスメート兼親友の玉木のことだろうか。
たしかに奴は本日部活の大会で公欠だが、別に守っててもらったつもりは…ないが、まあ守っててくれてたんだろう、玉木と友達になってからはこんな事態に陥ったことはなかった。
あとこいつ、誰だかわかんねぇとは思ってたが、やはりクラスメートではなかったようだ。
ていうか。
「は、離せよ」
「やーだ。言ったでしょ、俺あんたのこと好きなの。しかも結構前から。返事は?」
「わわわ悪いけど、お俺、会長様が好きだから!」
「ゆーと思った。でも俺もあんたのこと諦めらんないんだよね。一年とき、体育のプールであんたのこと知ったときから、ずっと好きだった。その白い身体全部触って、めちゃくちゃにしてやりたいって」
「それって好きっていうかよ…!」
「てか、こんなに近くにいて、我慢できない」
「ちょ!!」
Tシャツの下から、謎の男の手が無遠慮に入ってきた。腹やら背中やらを触られ、ぞくぞくと鳥肌が立つ。
こ、これはやばい!
口づけようとしてくるのを両手で防ぎつつ、己の非力に涙が出そうになる。まずい!部活とか入っとけばよかった!
抵抗するも、自分より背も高く筋力もあるらしい男を、まったく押し返すことができない。
校庭のほうから、微かな生徒たちの喧騒と、2組さん頑張ってください、というアナウンスが聞こえて来る。
そうこうするうち、服の中をうごめく手が際どいところに触れそうになる。
フラッシュバック。俺は急にパニックになった。大声を出さなきゃ、目をつぶり、心に浮かんだ言葉を、なんとか叫ぶ。
「い、いやだ、かい、会長様!会長様っ…!」
「――そこのおまえ、何してんだ」
凛とした声が、場を鎮めた。
男の手が止まる。
視界が開ける気配。俺が目を開くと、そこには、うそだろ、そんなわけない、でも、ああなんてかっこいいんだろうーー生徒会長様がいた。
俺の目はもう会長様に釘付けだ。
こんなに近くで姿を見られる日がまたくるなんて夢みたいで、視界がぼやける。会長様は、謎の男に何か声をかけているようだったが、夢心地な俺にはよくわからなかった。だってそんなことより、会長様がいるのだから!
ああ、会長様がこっちに来る。これ以上近付かれたら、俺なんて掻き消えてしまうんじゃないだろうかと思った。
「おい、大丈夫か」
大丈夫じゃない。会長様がかっこよすぎて。
とかバカなことを言っている場合じゃない。俺は高鳴る心臓を抑えて頷いた。
大丈夫だった。あなたのおかげで、俺はまた救われた。
あなたは最高にかっこいい!
心の中で、言葉にならない想いを叫ぶ。すると、頭が優しくなでられた。誰に、もちろん会長さまに、と思ったら、顔に血液が集中した。
「ふ、真っ赤」
ああ会長様が微笑んでいる。美しい。しかも俺のために。
そして次の瞬間、会長様は驚きの発言をかました。
「――おまえ、高野、だったよな。前も絡まれてただろ。迂闊に独りになるなよ」
「……お、」
「ん?」
「…おぼえて……」
思わず声が出た。
そう、俺は入学してすぐの春、同じような目に遭ったことがある。まだ玉木と知り合う前のことだ。
放課後に敷地内を歩いていたら、突然暗がりに連れ込まれた。すわカツアゲか、と身構えた俺は、シャツのボタンを引きちぎるように肌蹴させられて、方面が違うことに気づいた。
そのときも、会長様が助けてくれた。気が動転する俺の頭を、いまみたいにずっと撫でてくれた。
俺は俯いて気を落ちつけて、それから会長様の姿をみて、その美しさに呆気にとられてしまったものだ。それが、ファンになった瞬間だった。
そのとき、たしかに名乗ったけれど。でも、覚えてなんかいないと思っていたし、それでも全然構わなかった。ただ俺が忘れないでいれば、それで。
「覚えてるよ。俺は生徒会長だぞ。一回関わりゃ覚える」
でも。会長様は、俺を覚えててくれた。たくさんのたくさんの生徒の中の、たった一人のちっぽけな俺を。
会長様は俺の顔を覗き込んで、大丈夫そうだな、と言った。頭の上から手のひらが離れていく。な、名残惜しい。
「保健室行くか?ああ、それとさっきの奴は今後おまえの前に現れることはないから安心していい」
「い、いえ!大丈夫です!」
「そうか。じゃ、体育祭たのしめよ。おまえら一人ひとりのために、結構頑張って企画したんだからな」
にやと口角を上げた会長様はどう見てもかっこよすぎで、俺は叫んでしまいそうになりながら、それをこらえて何度も頷いた。
後ろ姿がすっかり小さくなってしまうまでその場に立ち尽くして見送り、見えなくなってから、俺はうずくまった。
今目の前で起きた奇跡、真近で見られたひとつひとつの仕草を一瞬で反芻し、かけてもらった言葉を一言一句残さず記憶する。
そして俺はやっと叫んだ。
「会長様、…サイッコーーー!!」
完璧すぎる!本当にかっこいい!
一生ついていきまああああす!!
そのあとへらへらと体育祭に戻った俺は、襲われかけたという事実はすっかり忘却の彼方へ追いやってしまっていた。
そして、当初の目的どおり会長様へ声援を送ったり写真に納めたりしながら、たいへん楽しい体育祭を満喫したのだった。




