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巻き込まれ平凡 川上勇太

巻き込まれ平凡救出編



俺には、友達がいた。

名前は川上と言った。中等部2年からずっと同じクラス。俺が川野だから、名前の番号が前後で、それで仲良くなった。


川上は、お人好しで、どちらかというと大人しくて、人前に出るのは苦手な奴だった。部活はやらなくて、ゲームがちょっと好き。あと少しで170センチ、というところで背が伸びなくなったのを気にしていて、俺はよくそれをからかった。まぁ俺も、そんな変わらないんだけど。


高校一年生になる春、寮の川上の同室者が変わることになった。前の同室者は海外の高校に通うことになったのだ。

一人で部屋使えんじゃんやったな!と言うと、いや次の奴もう決まってるみたい、と川上は首を振った。どんな奴が来るんだろうなと話した。いい奴ならいいな。そうだね、川野みたいなやつがいいな。うわっ俺照れたいま!あはは。


高校一年生、俺たちのクラスは別になってしまった。俺も部活が忙しくて、川上とは急に疎遠になった。エスカレーターとはいえ、新生活の開始。目まぐるしくすぎる日々の中、俺はある日、久しぶりに川上の姿を見かけた。


川上は、やつれていた。






「勇太っ、昼飯行こうぜっ!」



がっしと掴まれた手首に、俺は力なく顔を上げる。

そこにいるのは、もさもさ頭に瓶底眼鏡の転校生、雛形だ。


この変装の下には、びっくりするほどの美少年が隠れている。なぜ知っているかというと、知り合った初日に、居間で寝こけているのを起こした際、ズレて取れてしまったからだ。

どうか誰にもバラさないでくれと必死に頼み込まれ、頷いたのが間違いだったのだろうか。それから雛形に異様に懐かれ、彼からは親友と呼ばれるようになった。



「雛形…、俺、きょうは一人で食べるから」

「勇太!親友なんだから、名前で呼べって!それに、飯はみんなで食うからうまいもんなんだぞっ!そんなこと言うからおまえはひとりぼっちなんだっ!」



手首を引っ張られ、食堂に連行される。

もうこんなの連行だよ。クラスの奴らが、気の毒そうな目で俺を見ている。でも助けの手を差し伸べることはない。雛形は自分の論理しか理解できないから会話にならないし、とばっちりを喰らうのは誰しも嫌なものだ。

俺は気にするなというように片手を振って見せた。顔が苦笑いなのは許してほしい。


なぜ一緒に昼食を摂るのが嫌かって、雛形の言う「みんな」のメンバーが嫌だからだ。

いや、嫌というか恐れ多いというか。いや、嫌だなやっぱり。


連れ立って食堂に足を踏み入れると、先にいた生徒たちから悪意のある視線を向けられる。

俺にではない、雛形にだ。

でも、なんか俺に向けられてるみたいで心臓がチクチクする気がする。俺、人から嫌われたりとかあんまりないから、ダメなんだよねこーいうの。

対して当の雛形は、まったく意に介した素振りもなくズンズン歩く。



「ゆうまぁーはやくはやくー!」

「ゆうまぁーこっちこっちー!」



食堂の奥、ガラス張りの特別区画がある。生徒会役員専用席だ。

その扉から半分身体を出して、よく似通った美少年が二人、こちらに手を振っている。双子の会計様である。

いまいく!と食堂中に響き渡る大音声とともに手を振りかえし、雛形は迷いなくその区画へ。 生徒たちの間を通りゆくときにも、悪意の視線や陰口は雛形を襲うが、やはり全く届いていないようだ。そして勝手に気に病む俺。


そう、「みんな」とは、生徒会役員の皆様なのだ。



「遊磨、こんにちは。今日も元気そうで何よりです。何にしますか?」

「ゆま、会いたかった…」

「遊磨ー僕たちの」

「隣おいでよー!」



普段のツンツン振りはどうしたのか、暖かな微笑みの副会長様。そんな顔見たら、一般人の俺なんか目が潰れてしまいそうだ。

そして、生徒たちの間では森の精霊である可能性すら指摘され始めた、寡黙なイケメン、書記様。書記様は、そっと雛形の手を握っている。

会計様たちは愛らしい笑顔全開だ。


そして空気な俺は、そっとテーブルの片隅に腰を下ろす。

いっそ空気と同化できないかと息を潜めるが、すると、雛形がまた手首を掴んでくる。



「ほらっ、勇太はまったくヒッコミジアンだな!みんなのほうに来いよっ!」



ああもうそういうことを言う。なんで食堂中からの悪意には気付かないのに、俺には気付いちゃうの。

役員様たちは、



「遊磨、また連れてきたんですか。一般生徒は立ち入り禁止なんですよ」

「ゆま、だけで、いい」

「遊磨がどうしてもって」

「いうから許すけどさー」



とか俺の存在を嫌がる素振りを隠さない。

しかし雛形が、



「そんな言い方すんなよ!俺の大事な友達なんだからなっ!俺は親友は見捨てないんだっ!」



とか言うと、役員様たちは感じ入ったように頬を染め、それなら仕方ないか、と頷くのだ。

このやりとり毎日やってるけど、なんで飽きないのかな。俺はうんざりだけど。こっそりため息。


しかし、――「親友」か、と俺は考える。


ここからの時間は、役員様たちと遊磨のイチャイチャタイムだから、俺にとってはガラスの向こうからの悪意さえ黙殺できれば自由時間だ。

考える。俺にもつい最近まで、親友と呼べる奴がいた。クラスが離れてから連絡をとってないけど、あいつ、元気にしてんのかなぁ。


中3の頃に戻りたい、かも。



あ、やべ泣けてきた、と思った瞬間、ガラスの向こうから微かに聞こえて来ていた食堂のざわめきが、消えた。



不思議に思い一般生徒たちのほうを見る。するとみな一様に動きを止め、同じ方向を見つめていた。

その視線の先には、生徒たちのテーブルの間を、こちらへと歩いてくる人物の姿があった。完璧に整ったプロポーションは遠目にも美しい。


次第にざわつき始める食堂。そして、歓声が上がり始めた。

なぜここに、と副会長様が呟く。


ガラス張りの扉が開いた。



「よう。俺もここで食っていいか?」



そこにいたのは、容姿端麗博学多才、ザ・パーフェクトこと、生徒会長様だった。


す、すごい、こんなに近くで見たの初めてだけど、近くで見るとますますかっこいい。

というか美しい。

副会長様も相当な美形だけど、会長様の存在感はそれ以上だ。


俺が見惚れている隙に会長様は、端の席に腰を下ろすと、速やかに注文を済ませた。

副会長様が、警戒するように声を掛ける。



「…神前、珍しいですね。あなたはたしか『食堂は騒がしくて落ち着かないから飯が食えない』と言っていたかと思いましたが」

「ああ、言ったな。いまもそう思ってる」

「じゃあなんできたの~?まさか会長も」

「遊磨とご飯食べたくて来たの~?」

「あ?あぁ…いや違ぇよ。今日は確認に来たんだ」

「確認?それは一体なんのこと――」


「せ、せーじ!!」



役員様たちの会話に、一際大きな声が割り込む。隣にいた俺の耳へのダメージはでかい。

声の主は、もちろん雛形だ。

いつも隣で見させられているからわかるけど、雛形が最も好意を寄せているのは、いつも一緒にいる役員様たちや、爽やか系クラスメート(本日公欠)や、不良(本日サボり)ではない。この、会長様だ。


ああ、ガラスの外から、視線をもって射殺さんとする生徒たちの圧力を感じる。会長ファンは多いからなぁ。

しかし雛形はまったく気にしない。もう会長様しか見えていないのだ。ああそんなに顔を赤くして、きっと眼鏡を外したら目がハートになっているに違いない。



「せーじ、今日もかっこいいな!あ、あの、俺に会いに来てくれたのか!?お、俺も会いたかったぞ!」



会長さまの目が眇められた。



「――さっきも言ったが、違ぇ。俺は『確認』に来たんだ。それはそうとおまえ、俺が前に言ったこと覚えてねぇのか?」

「え――」

「近くに人がいるときに大声を出すな。目上の人間を呼び捨てにするな。守れねぇなら、俺の近くに寄るな。――ここは生徒会役員専用席だ。生徒の模範になれねぇ奴は出て行け」



ぶるりと鳥肌がたつ。

面と向かって言われた雛形はもちろん、生徒会役員たちも、顔を青ざめさせて硬直している。もちろん俺も。

絶対的なカリスマ性。従わざるを得ないこの支配者感。

これが、生徒会長様。


なんとか気を取り直した雛形が、謝罪を口にしようとしたとき、会長様の顔が、あろうことかこちらを向いた。

うわ、き、消える!会長様のオーラで、俺という存在が消える!



「おまえは、1年の川上勇太、だな」

「え、は、はははい!」



しかも名前を知られている!!

不思議に思うのと同時にたまらなく名誉なことのような気がして、俺は身体中が熱くなり、限界まで姿勢を正した。

会長様が麗しの唇をそっと動かし、喋り出す。



「川上、知っているか?生徒会では、『目安箱』というものを設置している。要は学校運営に関する意見の投書箱だ。どうも一般生徒の意見が俺たちまで上がって来にくいから、俺が設置した」

「あ、はい。し、知ってま、す」



新入生歓迎会のとき、会長様が壇上で言っていたから、覚えている。改善点や要望があれば、どんどん言ってほしい、と言っていた。


会長様は頷くと、胸ポケットから折り畳んだ紙片を取り出した。ルーズリーフの切れ端のようだ。

そしてそれを開き、読み上げ始めた。



「――役員の皆様こんにちは。いつもお仕事お疲れ様です。

最近、俺には心配している奴がいます。1年の、川上勇太という奴です。

彼はおとなしい気質で、あまり人前に出ることを好みません。授業の発表などでさえ、それが控えている日の昼は、飯が喉を通らないほどでした。

そんな彼が、最近、衆人環視の元で昼食を摂っていると知りました。生徒会専用席で食べているのです。

聞けば、川上は転校生の面倒をよく見ており、それに付き添っているのではないかとのことでした。しかし、見るからにやつれてきた彼を見ると心配になります。

俺が自分で本人に聞けばいいのですが、生徒会役員の皆様のお気を悪くされたらと思うと聞けません。どうか、なんとかしていただけないでしょうか」



低めの声に聞き惚れてしまっていた俺は、会長様が再び紙片を折り畳むのを見て、はっとした。

会長様が、真っ直ぐに俺を見て、それから雛形や、ほかの役員たちを見渡した。



「副会長、会計、書記。おまえらは川上と一緒に飯食ってたんだろ。こいつは、ちゃんと飯食えてたのか」

「……ぼ、僕らは、」

「ゆ、ゆうまと」

「あ?おまえらが同席を許したんだろうが。同席した人間の、しかも後輩の様子を、まさか気にもとめてねぇわけねぇよなぁ?」

「……」

「雛形。川上のこと連れてきたのはおまえだな。川上は、ここに来ることを了解して来てんのか」

「……」



役員様も雛形も、真っ青だ。


次に、会長様の目は、また俺を貫いた。いや本当に、その視界に俺が映っていることが申し訳ないほど美しい顔だ。見惚れてしまったところを、川上、と呼ばれ、俺は慌てて返事をした。



「おまえのことを、こうして心配してる奴がいる。いい奴じゃねぇか。おまえも、そいつに心配かけねぇように、嫌なことはハッキリ嫌だって言えよ。確かに雛形はおまえの同室者で、転入してきて日が浅い。面倒を見てやんなきゃと思うのもわかる。でも別に飯断ったぐれーで雛形との友情だって壊れやしねぇし、健康を害してまですることじゃねーだろ」

「…はい」



そのとおりだった。

俺は、嫌なのに、ただ渋々従うことしかできなかった。

体重が減ってることだって気づいてた。でも、自分ではどうにもできないと、諦めていたのだ。

会長様がふと微笑む。食堂から押し殺した悲鳴が聞こえた。



「――これな、匿名だったんだ。でもおまえにはわかってんだろ。書いてくれた奴が、だれなのか」



俺は、さっきこらえた涙がまた滲んでくるのを感じながら、声も出せずに頷いた。


中3の秋。

午後の国語の授業で、クラスメートの前で発表をしなければならなかった日の昼食を、誰と摂ったか。

俺は覚えていた。


誰しも、とばっちりをくらうのは嫌だから、助けてくれないのは当然だ。でも、助けてくれる友人が、俺にはいたのだ。



その後、役員様や雛形から謝罪の言葉をもらって、俺は役員席から退室することを許された。

食堂に出る。その隅で、一般生徒に完全に同化する目立たぬ容姿の生徒が、立ち上がってこちらを見ていた。


ああ、そんなに心配そうな顔で見ないでよ。泣いちゃうだろうが。川野。


振り返ると、会長様が、ワイルドな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

頭を下げた俺が顔を上げた時には、会長様はすでに背を向けて、食事を再開していた。


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