生徒会長親衛隊長 西田と副会長親衛隊長 飯尾
足音が十分遠ざかり、完全に聞こえなくなるのを待って、俺は詰めていた息をぶはっと吐き出した。
体が震える。叫びだしたいが、大声を出して、万一にも彼の方の迷惑になってはいけないので、ただぶんぶんと俺は首を振って衝動に耐える。
「~っ…!」
「わかる。その気持ちわかるよ、敦也」
奇行に及ぶ俺の隣、友人の西田が労わるような目で俺を見つめながら、じっくり頷く。
「かっこいいでしょ、会長様」
俺は、ぶんぶんと何度も首肯した。
ところで俺は飯尾といい、生徒会副会長様の親衛隊長をしている。そうするに至ったきっかけ等は割愛。
そしてこの隣にいる美人は西田、生徒会長親衛隊の隊長である。
俺たちはいま、生徒会室から出てすぐの廊下に座り込んでいる。
なにをしているのかって?俺も最初はわからなかった。ただ西田に、暇なら付き合えと言われてここに来たのが、はや一時間ほど前のことだ。
というわけで暇な俺がふらふらとやってくると、――生徒会室から、ワイルド美形、またの名をザ・パーフェクトこと、生徒会長様の声が聞こえてきたのだった。
俺はいまだ高鳴る胸を抑え、言った。
「びっくりした…俺、生徒会長様って、すげぇ美形で死ぬほど頭良くて、たまに生徒の前で話すとワイルドでかっこよくて、なんでもできて完璧すぎてロボットみてぇな、血の通ってない人なんだと思ってた…」
常磐学園高等部現生徒会長・神前征司は、顔よし、家柄よし、頭よし、運動神経よし、の完璧人間だと言われている。
歴代の生徒会長も壮壮たる面々で、卒業後各界で大活躍しているが、現生徒会長様には、史上ナンバーワンの呼び声が高い。
なんでもできてしまう。そしてその美貌。天は一体何物を与えるものかと、いやむしろ生徒会長様は神なのではないかと、生徒たちは羨むことすらせずただ尊敬を寄せていた。
しかし、俺は今日、それが妄想であったことを知った。
生徒会長様は、人だった。愚痴を言っていたし、砕けた言葉遣いもしていた。勉強もしていた。
単に、めちゃくちゃかっこいい人だったのだ。
俺はそのギャップにダウン寸前までやられ、そして最後のかっこよすぎる一言に、完全にノックアウトだった。
「敦也、さすがに言い過ぎ。でも、そうだね、ふつうの生徒はそう思うかもね。なんたって、会長様がそう見せてるんだから」
西田はふうとため息をついた。
西田は全学にいる生徒会長親衛隊において隊長の座を務めるに相応しく、繊細な美しさを持つ美人だ。美人のため息を見ると、こちらまで切なくなる。
「まだあまり一般生徒には知られてないけど、敦也は知ってるよね。いま生徒会は、会長様以外だれも仕事をしていない。みんな、あの転校生に夢中だから。生徒会メンバーの親衛隊は、違和感は持ってる。だって、以前はお仕事をされていたはずの時間にも、外でお姿をお見かけするようになったから。でも確信は持てない。なぜか?生徒会の仕事が、問題なくきちんと、処理されているから。その理由は、こういうことなんだよね」
「会長様が、一人でやってたのか…」
「僕は申し出たんだ、お手伝いさせてくださいって。でもそしたら、『俺の矜恃にかけて、一般生徒にはやらせない』ってもう本当にかっこいいな…あ、ごめん、そう言われちゃって。それどころか、『あいつらも目が覚めたら帰ってくるから、それまで一般生徒にばれねーように、おまえらが隠しててやってくれねぇか。おまえらのことは信頼してる。頼んだぞ』ってもう抱かれたい一刻も早く!…あ、ごめん、言われてさ、もう本当にかっこよすぎてその日部屋に戻るまでは堪えたけどその後は鼻血の海だったんだ」
話の着地点がおかしなところに。
冷静で頭の回転が早い西田がこの様子だ。恐るべし会長様のかっこよさ。何せ俺も、会長様のかっこよさに中てられていまだに心臓が大暴れしているくらいだ。
しかし、手伝いは要らないようにも思われた。やはり会長様は能力値が高すぎる。現在時刻は、まだ運動部の活動が終わらないような時間だ。しかしこの時間までに、会長様は、生徒会役員全員分の仕事を、おそろしいほどの手際の良さでさっさと片付けてしまった様子だった。
タイプする音など、何人の人間が打っているんだろうと思うほど凄まじい速さだった。やはり会長様はザ・パーフェクトだ。
それを言うと、西田はそうなんだよねぇと嘆息する。
「日に日に処理速度が上がっていってるんだ。へたしたら、もうすぐ以前の全員揃って仕事してらした頃の速度に追いついちゃうんだよね。やっぱり会長様素敵すぎ。しかもミスや抜けもほとんどないんだって。だから生徒会が機能しなくなってる事実が生徒たちにバレてないんだけどさ…逆にもうあいつらいらないんじゃないの?ってかんじ」
滅多なことを言う西田にそわそわしつつ、俺も頷く。
「とにかく、今日敦也をここに連れてきたのはね、会長様の現状を知っておいてもらいたかったからなんだ。生徒会が動かないのを、会長様がおそるべき手際のよさで一人でこなしてらっしゃるということ。何か人手が必要なときには、敦也の隊の子たちにも協力を要請したくて」
「ーーそのこと、なんだけど」
先ほど、会長様のご活躍の様子を拝聴してから、俺はひとつ、覚悟を決めていた。
ちなみに俺は、いつもならこの時間は暇ではない。
クール美人な副会長様に不埒な目を向ける輩を説得したり、副会長様が出歩く際にはそれとなくその警護を行ったりと、親衛隊活動が忙しいのだ。
しかし、その親衛隊は昨日、解散となってしまった。他ならぬ副会長様の命により。
「遊磨が言うので、親衛隊は解散します」と冷たい目で言った副会長様の、あの顔が、いまも思い出すだけで俺の肝を冷やす。
俺の名誉にかけて言うが、副会長様の邪魔になったり、親に顔向けできないことをしたりしたことはない。ただのファンクラブややガーディアンぎみ、みたいなものだったのだ。しかしあのときの副会長様の目は、悪の権化を軽蔑するようなそれだった。
副会長様は、もう俺たちが、いや現実が、見えていない。
「西田…俺、隊員たちを説得するよ。で、会長様の親衛隊に、みんなで入る。だって、」
副会長様。
あなたはとても美しく、素敵な方でした。
でも俺は、みつけてしまった。もっともっと、美しく、強く、かっこいい人を。心から支えたいと思える人を。
さようなら。
「会長様のほうが、ずっとずっと、素敵だから!」
見限ったと言われればそれまでだ。しかしこれが俺の率直な気持ち。会長様のほうが素敵だと、ファンだと、役に立ちたいと、心が叫ぶのだ。
西田は、まるで俺の言うことがわかっていたかのように、微笑んだ。




