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変身魔法

 その小人族を嫌ったのは姫様の理想とは程遠いからだ。

 赤茶色のボブ、青い目、村人のような服、それなりに可愛い女の子が誕生していたが、やはり元のヴィオレッタ・ローズ・フェリシア・リーナ・ボイドには及ばず、その彼女に今の彼女が似ている所と言えばその誇りある笑顔だけだろう。

「ダメ?」

「いえ、その……声は変わらずでしたね」

「ルイスは変えられるの? さっきは小さな鳥になってたけど」

「喋る鳥はあの大きさでそんなにいませんよ」

「それは必要ないってことね」

 さすが姫様――と思いつつ、ルイスは話す。

「それで姫様は冒険者パーティーの荷物持ちを希望なんですよね?」

「そうね!」

「だったら他のが良いと思います。それは何と言うか……背丈もきっと元ぐらいが良いでしょうし、思っている以上の力も必要でしょう」

「そう……」

「それに体力も」

「体力はあると思うのだけど!」

「荷物持ちは簡単なようでいて、人の大事な物を預かる仕事ですので慎重さや奪われない為の術なんかも必要です」

「貴重品の扱いにはたぶん慣れてる方だと思うのだけど……」

「そうですね、でも、きっとそれは姫様が考えるような物じゃない」

 重い物だって時には持つだろう。それに彼女が耐えられるとは思えない。

「軽いの専門というのはどうでしょう?」

「それでパーティーに居れるの?」

 きっと居れない。すぐに使えないとされて追放されるだろう。

「すぐに返答ができない所を見ると無理なのね」

 姫様は少し気落ちした。

「じゃあ、やめるわ……なんて言えないのが今の状況よね?」

「え?」

「だったら、新しく作れば良いんだわ! 私を必要とする」

 その心は燃えていた。

 それに必要なものを見つける為、ヴィオレッタは目を輝かせた。

「そうよ! ルイス・ヴァーノン、あなたが私の所属する冒険者パーティーのリーダーになりなさい!」

「何を言ってるんですか?」

「それなら、私は居れるわ! だって、あなたは私を一生守るって言ったものね!」

 にっこりと笑って彼女は無理難題を言っていることを分かってない。

「俺は……」

「大丈夫よ、だって、あなたは剣だけじゃない。その魔法の力があるもの。恐れなく進めるわ! 私よりもね」

 その安直思考は人を動かす。

 いや、本当は動かしてはいけないのだろうけど、それほど『姫様』と言うのをやめないのなら! な方法だった。

「本気ですか?」

「本気よ! 騒ぐ人には皆冷たくなるか、優しくなるかのどちらかよ。外見で決まると言っても良いわ! きっと私は優しくしてくれると思うの」

 自分に甘い姫様だった。

 それ以上の事は聞きたくないと思ったルイスはそれを胸の内に秘め、てくてく魔法の練習を繰り返す姫様と歩く。

 思いの外、時間は掛からず目的地にも進んでいるが、そういえばと時々思い出したように姫様はきょろきょろと辺りを見る。だが、すぐに魔法の練習を再開する。

 用を足したいのなら、言えないだろうがそうではないらしい。

 その場合はたぶんこんな継続的に魔法に集中できないだろうし、なら、初めての景色に興味津々なのだろうか? 砂地はすぐに草地へと代わり、大きな岩も所々にぽつぽつとあり、誰かが作り出したのか、何かがあれば壁になってくれそうな気もする。

 再度そういう事をして、ルイスはとうとう聞いてしまった。

 心はすっきりしておいた方が良い。

「どうしました? そんなに気になる事でも?」

「え? もう敵は来ない?」

 少し恐れのあると言った感じのヴィオレッタにルイスは毅然と答える。

「ええ、来ませんよ。来てたらとっくにでしょう。それがないんです。安心してください」

「でも、隠れてるとかあるかもしれないわ!」

「あの大魔法でもない感じのでも相当と思って怯んだか、あなたのお父様が一生懸命頑張って下さっているか、ここがその国じゃないから近寄れないかのどれかですよ、きっと」

「どういう事?」

「戦おうという気があればそれは要りませんが、通常は自分の国以外に入る時は何かしらの許可が要るんです。まあ、ここは冒険者達が居る所ですからね~、少し違いますが、武装していれば仲間になってくれ! とかうるさそうだし、そんな事にこの力を使いたくないとか考えていればそういうのはないでしょう。それにあの敵をやった時に向こうの仲間が駆け付けて来る気配はなかった。あの一人だけでした。それはアイツが一人でうろうろしていたかにもよるのですが、こうしてのんびり歩いてないと思いますよ、そうなっていたら俺とヴィオ様」

「じゃあ、私達はその許可なく、この国を歩いていて大丈夫?」

「まあ、一応、言い訳とすれば今からギルドに行って冒険者とかになるんです! って言えば難無くですよ」

「パーティー! パーティーね!」

 まあ、別にそんな騒ぐことでもないのだが……と思いつつ、自分が姫様よりもテンションが少し低いということに気付いたルイスは言う。

「大体このくらいになっても変身魔法がなかなか解けないようになって来た所を見ると、多少は大丈夫そうですね」

「え?」

「ほら、冒険者としての証みたいなの、それには資格判断検査っていうのがあって、それに合格しないとなれないんですよ、冒険者とか。荷物持ちにもあります」

「じゃあ、魔法使いになるわ!」

「魔法使いほどそれを必要としています。あれは特別、いろいろやってもそれを潜り抜けて本来の姿を知らせるそうです」

「やけに詳しいわね」

「まあ、これでもこの辺に小さい時は家族と住んでいましたから、少しはそういうのを知ってるんです」

「へー」

 そんなに響かなかったかもしれない。

 姫様の興味はもう違う所にある。

「ずっと歩いているけれど誰にも会わないわね……。もっと行けば居るかしら、仲間になってくれる人」

「まだ居ない方が良いんじゃないですか? 居たら、姫様の中途半端な魔法をお見せすることになりますよ?」

「もう!」

 姫様って言わないで! って言いたそうな顔だった。

 これはしくじった。

 姫様と言うと彼女は少し意地悪になるのはじわじわ知って来た所だと言うのに。

「ヴィオかリルね? それ以上言ったら、どうにかしてやるんだから!」

「どうにかとは?」

「お、お兄ちゃん! とか言っちゃうんだから! 困るんでしょう? それ」

「え? 困る……」

 というより、どこでそういうのを仕入れて来るのか気になる。

「何? ルイスも『お兄ちゃん』と言われたいの?」

「いいえ、あなたと俺……たぶん四、五歳くらいしか変わらないと思うのですが」

「そうね、最近あなたは十九歳になったばかり。私はもうすぐ十六歳だもの。合ってるわ」

「でしょう?」

「だからじゃないの?」

「……」

 俺はこの姫様をどうすれば良いのだろう。一生守ると言ったが、変に言えば傷付くかもしれないし、はっきり言えば良いのだろうか。

 いつの間にか元の姿に戻っていた姫様にもうじき朝が来ます……とは言えたけれど、それについてはいつまでも言えなかった。

 彼女の顔は朝陽に照らされてか、少し赤かった気がした。

 夜通し歩いてしまったという後悔は少しはあったがまだ平気よ! と言う姫様に救われ、俺が魔法で休める所を出しても良いですが、それだといざという時に使えなくなるかもしれないので、このまま歩いてゆっくりできる所を探しましょうとルイスが言うと分かったわ……とヴィオレッタが頷いた。

 時間というものがないに等しくなれど、腹は減る。

「その中に何か食べ物はない?」

「これのことですか?」

「そうよ」

 そう言って彼女は自分のお腹の音を聞かれた……という恥ずかしさからか少し不機嫌になりながらもその荷物の中身を見る為、ルイスの背後に回り、その袋を開ける。

「一回、下ろしましょうか?」

「良いわよ、背負ったままで。あ! パン! それに水も」

「そうですか、他には?」

「分厚そうな物やこれは短剣に……宝石?!」

 そんな物まで……。通りで重いわけだ。

「たぶん意味はあるわよね、ない物を入れるかしら?」

「分かりませんが、それだけ思っているってことじゃないですか? あなたのことを」

「そう……」

 そう言ってヴィオレッタは黙った。

「まあまあ魔法でどうにかなりますが、それがない国ですし、寝る為の道具やローブなんかは魔法ではどうにもなりませんからね」

「そうなの?」

「ええ、木の魔法をご存知ですか? あれは自然界にある植物や果物、野菜は知りませんがそういった物だったら何でも出せるんです。だから、それらがお嫌いでなければ食べる物には困りません。水もそうです。まあ、水は水の魔法になるんですが、時に人は魔法で出した物なんかいらないと言いますが、それなりには綺麗だと思いますよ。味も手作りの物のと一緒だと思います。でも、こういう人を暖かくする為の物は誰かがその手で作らないといけないじゃないですか。火は簡単に出せてもできない事があるというやつです」

「そう、じゃあ、私はこのパンを食べて、あなたの荷物を少しでも軽くしてあげるわ。ルイスも食べる?」

「良いのですか?」

「良いわよ、魔法で出した物も食べてみたいけどね。それよりもこの荷物の物から片付けて行きましょう。歩きながら食べるのも良いわね、お行儀悪いなんて言う人もいないし、自由だわ」

 ね? とヴィオレッタはルイスに同意を求めた。

 それを認めればルイスも同じだと言っている。

「そうですね、立ち止まっている暇はありませんし」

「それはどういうこと?」

「ああ、大丈夫ですよ。敵はいません。早くあなたも安心したいんじゃないかと思って」

「そうねー」

 そう言って、彼女は荷物の中にあった短剣を使い、パンを食べやすい大きさに切るとそれをまた二切れにして、そのうちの一つをルイスに渡して、自分も残りの一つをぱくっと勢い良く頬張った。

 美味しいとかはない。

 ただ食べられることが嬉しかった。

 そう言った感じで、また少し歩くと彼女は変身魔法の練習を開始した。

 そうしているうちにまた元の姿に戻っていた彼女は何も言わず一緒に歩くルイスに言った。

「さっきの」

「何ですか?」

「お兄ちゃんと言うのは聞かなかったことにしてちょうだい! ちょっと言い間違えちゃったの! 私にはちゃんとお兄様もいるし、そのうちの一人が言っていたの! そう言われるとドキドキするんだって!」

「別に良いですよ、俺はそれよりあなたが荷物の事を忘れていなかったのが衝撃でした」

「え? 持たせたままなのがちょっと……可哀想だなって思ってたのよ。でも私の力じゃそれは重くてどうにもならないし……、やっぱり男の人ね、頼りになるわ」

「そう言われてしまうと持ち続けなきゃなんですが。荷物持ちになるならこれくらいのも平気で持てるようにならないとですね」

「それは何て言うか、出来るのか? って、自分でも思うわ」

「そうでしょう? やっと分かって来ましたか」

「でも、なりたいの! それ以外に私がなれるものはない気がするのよ……。他にある?」

「そうですね……」

「ほら、考えてしまうでしょう? 人質にはなれそうだけど」

「それはやめて下さい!」

「必死ね」

「それはそうでしょう、あなたを守るのが俺の意義です。そうなったら本当に困ります!」

「でも、その場合。仲間が居れば大丈夫じゃない?」

「それを期待するなら、ご自分の魔法力をもっと磨くことです。冒険者は最強ほど必要とされますから」

「荷物持ちは?」

「底辺です」

 おお! と分かりやすい顔をした。

 こんなにも姫様は面白い顔芸ができたのだな~と思いながら、ルイスはヴィオレッタを見やる。

 少し落胆したような感じはすぐになくなり、そうよね……と納得している。

 よく見れば、ノンスリーブにスカート付きかぼちゃパンツはそこからはみ出さない程度、ブロンドのゆるい波状のポニーテールは何やら見覚えのある黒い緑色のような布の切れ端を使って髪をまとめている。

「何?」

「いえ……、何でもありません」

「そういえば、ルイスに言わなきゃなんないことがあるの!」

 パンを一切れ食べ終わるとヴィオレッタは手をパンパンと払って綺麗にし、するっと自分のポニーテールをほどいた。

 とても見事なゆるい波状ブロンドロングヘアが広がる。

「あのポニーテールが……」

「良いのよ、それよりコレよ!」

 と渡されたのはそのポニーテールにしていた見覚えのある布の切れ端だった。

「これは……」

「あなたに返すわ。隠していてもしょうがないしね、持つべき人がちゃんと持つべきよね。少し盗人ぬすっとのような気もしてたの、ずっと。これで少しは心が落ち着くわ」

 そう言ってヴィオレッタは荷物の中に入っていた水を一口飲んだ。そして、また荷物の袋の中にその水が入った水筒を戻す。

「俺の家のどこかにあったやつですか」

「そう、私が調べさせた時に見つかったの。言ったでしょう? でも、これを返すのはあの国では危険だったわ。だからずっと私が持ってた。見つからないように、機会があれば返そうと思ってた。でも、なかった。あの……いけなかった? その前に勝手に家に入って、ごめんなさい! かしら」

 少しばつが悪そうにしている彼女に抱き付きたくなった。

 何故なら、それは絶対に失くしてはいけない物だったからだ。

 あの国がどうなったかは分からないし、あの家もそれでどうなったかは知らないけれど、ここにある方がずっと良い。

 今になっては彼女に感謝するしかない。

「心より感謝申し上げます、ヴィオレッタ様」

「え?」

「これは我が家の家宝で、原始の魔法を教えてくれた薄緑色の髪をしたエルフ、アグラリエルが着ていたとされる服の切れ端なんです。そこに名があったでしょう、その名も大事ですが、この布切れも大事なんです」

「そこまでは知らなかったし、ローズブロンドのエルフじゃないの? そのアグラリエルは」

「真実は語られない時もあるんです。それを知ってしまえば、終わってしまう事もある。だから嘘を言う。でも、あなたに教えた魔法は全て嘘じゃない本物です」

「だとすると、本当の原始の魔法ということになるの?」

「そうですね、変身魔法は最近出来たものなので原始の魔法ではないのですが、古くからあるのは原始の魔法になります」

「それをまだ私は習ってないわ」

「お教えしますよ、今一番必要な変身魔法を習得してからになりますが、少し変身できる時間も増えて来ていますし、順調だと思います。今まで魔法を使って来なかった人が出来るようになるには短すぎる時間です」

「それは上達が早いってこと?」

「そうですね……でも、そう言うと浮かれるでしょう?」

「浮かれないわよ! それなりに嬉しくはなるけれど」

 そう言ってヴィオレッタはニコッとした。

「だから、言わないようにしてるんです。内心はとても驚いてるんですよ、さすが魔力も維持出来てるし安定してるって」

「そうなの~!?」

 とても驚いて喜んでみせたヴィオレッタは機嫌が良い。

「あのね、今日は夜が来たら少し休みたいのだけど」

「良いですよ、それまでに寝れる所を探しましょう。誰かがやってくれてるかもしれない」

「そうなの?」

 さっきからそればかりだがルイスは気にしないことにした。

 まだ何も知らない子にベラベラ言ってもつまらないだけだろう。

「このまま真っ直ぐ。あの森から一番近いのがヒャグロスだったので、そこにまずは行こうと思っていたのですが、あなたが目的を下さった。これでおそらく俺が最初に思ってたよりも長く居られます。あそこは他の国よりも情報が入って来る。そこで知りましょう、どうなったか」

「そうね」

 ゴクリと彼女が息を呑んだのが分かった。

 覚悟だ。

 どうなっていたとしてもきちんと対応できるように。

 それは彼女にしか分からない決意だった。

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