この国で一番最弱な騎士に託された姫
魔法は一切ない剣の王国であるグルニャダレムスの騎士団の一員になる為、一人の青年ルイス・ヴァーノンはその騎士学校に入り、このまま行けばこの国始まって以来の一番最弱な騎士の誕生だな! と皆から言われた通りの現実に飽き飽きしながらも日々を過ごしていたが無事にその騎士団に入り、しばらくしたある日の夜遅く、突如として襲い掛かって来た敵となった巨大魔法国ギディマノニアの一人の戦士との戦いの中で自分の生死を考え、もっと剣の腕を磨いておけば良かったと思い、あ。もうダメだ――となった時、一振りの重い斬撃が敵の背後に放たれた。
「大丈夫か!? 少年! いや、青年!」
バタバタという一人だけではない足音が響く。
ここはそうか、城の中の地下礼拝堂だ。
攻撃され続け、ここまで来てしまった。
もう身はボロボロだ。
介抱もされないかもしれない。
「アイツは死んだ。お前は生きてる。ここが魔法の国ならお前をすぐに回復させられたかもしれないが、生憎ここはその魔法を禁ずる国。だが、お前はあのグルニャダレムス騎士団に入れた男だ。立ち上がれる」
根性論だということは分かっていた。
だが、ここで立ち上がなければ後がない。
気力だけで立ち上がる。
「よくぞ立った」
それは王からのお褒めの言葉。
「そんなそなたに頼みたい事がある」
ぶしつけだとか思う前に王は話し続ける。
「この国が滅ぼされそうになっているのは十分に承知しているだろう。私もそれに加わっている。この国がこれからどうなるか考えろとは言わない、ただここに居る私の末の娘であるヴィオレッタをどうか敵に渡さないように守ってくれないか?」
それは……どういう事だ? と頭の中で考えようとしても全然頭が働かない。
もし、魔法の使用を許可してくれるなら自分でここで魔法を使い、回復するのに今はダメだ。そんな事をすれば、この王に一瞬で間近に見たような死体にされる。
「はい。ですが、私はこの国で一番最弱な騎士です。良いのですか?」
「ああ、それは分かっておる。だから、お前に託す」
「何故?」
「誰もそんな奴に私の大事な姫を託すとは思うまい?」
ニヤリとこの王は笑った。
まるで面白そうに、この王は絶対的な存在だからこの薄紫色の美しい瞳を持つ黄色とも金色とも思える髪の十五、六歳くらいの姫は微笑んでいるだけなのだろうか。
その姫と同じ色の髪をしている初老の王はまた違う足音がここに近付いているのを察知するとそれに立ち向かう為、再度大剣を握り締め、ここを離れようとしている。
「ではな、ヴィオ……、ルイス・ヴァーノン頼んだぞ!」
王直々の命令に背けるはずもない。それも見越しての言葉だった。
「さあ、行きましょうか。お父様、お元気で」
それはとても情緒もない簡単なお別れの挨拶だった。
最後になるかもしれない娘の姫としての挨拶に王はそれで良いと我が子を笑顔一つで見送った。
「ここがその隠し通路ね!」
と何だか少し楽しそうに姫は王に先ほどこっそり教えてもらったと言う地下礼拝堂の奥にある隠し通路の扉を開けた。
壁にこんな細工をするとはあの王もなかなかやる……って思われたかったのかしら? などと言う姫様は松明の明かりを平気で持ち進んで行く。
ルイスが持ちましょうか? と言っても、良いわ。あなた、その状態で……。それに道を知っているの? と言う。
それは知らないと答えるしかなく、ある程度進んだ所で誰かがつけたのだろうかいくつもの火が等間隔にあり、全面的に辺りを照らす場所へと行き着いた。
何もない、それなりには手を加えられたという感じのワイン樽でも寝かしていそうだ。
「ここまで来れば大丈夫かしら? 明かりがあるのは誰かが居る証。きっと敵ではないわね、敵なら魔法を使うでしょう。でもここはそういうのは出来ないようになっているから」
姫が自分の持っていた明かりを消し、振り返ってルイスを見れば、まだルイスはボロボロでよくここまで自力で歩いて来られたものだと思うほどの気力があった。
「あなた、魔法が使えるでしょう?」
「え?」
「使って良いわ。私は使えないから、その間に私も支度をします! 逃げる為のね!」
そう言って、彼女は本当にそこでそれまで着ていたドレスを脱ぎ出した。
「ちょっと?!」
「大丈夫よ! 見られても平気な動きやすい軽装になるだけだから! 大人になる為の儀式もまだちゃんとは終わってないけど、もう別に関係ないわよね? だって、この国もう亡んじゃいそうだし!」
「あの……」
あっけらかんと言われるとこちらは何も言えなくなる。
「そうそう、この先に私の小さい時から世話をしてくれていた婆やが用意してくれているはずの荷物があるからそれを取って行きましょう! きっと役立つわよ!」
何とも明るく楽しそうに言う。
「それであなたは回復できた?」
「え、ああ……まあ……」
それしか言えないのは本当に良いのか迷いつつ、姫の着替えを見る方が不健全だと判断した男心からで、充分回復出来た。
「元気になったようで良かったわ! ここまで逃げれるだけの体力があるのはきっと騎士団に入っていたからね、普通だったらもうダメよ」
平然と言われると落ち込むが、姫は何とも思ってないようだった。
「まあ、この国の騎士団に入るにはその学校に通い、最終的には最低条件である小細工なしの剣一つで空飛ぶ巨大なドラゴンを一匹、一人で魔法を使わず倒せることだし、朝飯前だったかしら?」
王とは違い、本心から楽しそうに笑っている顔を見ていると、そこまで差し迫ったものがなかったかのように思えて来るが違うようだ。
「静かにして下さい! 誰かが居るかもしれません」
「そうね、でもここを知ってるのは騎士団長か婆やか王である私の父か亡くなったお母様に嫁いで行ったお姉様方、あとすぐ弱々になってしまうお兄様達ぐらいだから……」
たくさん居る! と突っ込みたい所を抑え、ルイスは先に進む為、姫の前に行く。
「大丈夫そう?」
「分かりません……ですが、そんなにその身体を密着させないでもらえませんか?」
「え? ああ、あなたも軽装だしね。でも、大丈夫よ!」
「いえ、だから!」
「あ~!! 婆や!」
そんなに大きな声を出さずとも良いのにヴィオレッタは感嘆の声を出す。
そこに現れたのは王よりも年老いているがしっかりしてそうなヴィオレッタの婆やだった。
「ああ! 姫様! 良かった、間に合って」
「まだ逃げていなかったの?」
「ええ。今から逃げるところでございますが、その前に王様が言い忘れた事をお伝えに来ました。どうにかして『また再会しよう』と、その為にご用意された荷物がここに」
「じゃあ、もらって行くわね。こんなに丁寧に身軽になるように考えられた荷物があって?」
頑張って大きな袋にひとまとめになった荷物を持とうとするヴィオレッタの横でこっそり婆やはルイスに耳打ちする。
「あの例の儀式はあなたにお願いしたい所ですね。姫に何をしても良いとおっしゃっておりました。その命を大事に考えて下さるのならば」
「え?!」
ルイスの大きな声に反応し、ヴィオレッタが言う。
「何の話?」
「いえいえ! 姫様の事です。そのご機嫌を損ねないようにと忠告していただけですよ」
「私、そんなにもう子供じゃないのに?」
ぶすっとなる所を見ると子供である。
「ああ、姫様! 長居は無用です! 早く、お外に!」
「分かってる。婆やも気を付けて」
「はい!」
そうして、親しい人との別れを経験した姫様は馬には乗らない方が良いんじゃないかしら? とまた二人きりになったルイスに言う。
「どうしてですか?」
「早くここを抜けられるでしょうけど、それは目立ってしまうわ。私はこっそりと行きたいのよ!」
毅然としていた。
だが、ルイスが背負った大きな袋の中にある荷物の事を考えるとその馬を使いたい所だった。
「あなたがそうしたいなら、そうしますが……」
分ってくれるのね! という顔がルイスをダメにする。
この姫様が一人頑張っても持ち上がらずだったその荷物を置いて行くことはとてもできなかった。
あの婆やの言葉を信じるなら、それは王が用意した物。
姫を思ってたくさんの物を詰め込んだのは親心かもしれない。それを無下にしては良くない。また出会った時に何と言われるか――。
仕方なくルイスはそれを持ったまま歩いた。
途中で明かりが消えた。
婆やが行ってしまったのね……と言う姫は松明をつけないで行くという。それは危ないとルイスは言ったが、見つけられない為よ! 大丈夫、暗がりの中を歩くのはあなたのように慣れているわ! とルイスの手を突然握ると、これであなたと離れないで済むでしょう? と姫としては考えられない行動に出た。
「はぁ、まったくあなたは……」
困った人だ……とは言えずにいると、身軽な姫はどんどんと先へ行く。
本当に慣れているようだ。休みたいだとかも言わない。
あの王の子にして、姫であるという身分は彼女には大切なものではないのかもしれない。
間違って城の外に出ないように、必ずあの森の中へ通じる方に行ってくださいね……という婆やの教えの通り、そこは森の中に通じていた。
「明るいわね~」
そうは言うが辺りはまだ暗い。月の光によってそう感じるだけだ。
「洞窟の入り口みたいになってるのね」
と出て来た所を見た姫は少し不安そうに言った。
「魔物はいる?」
「大丈夫ですよ、ここはあの王が守っていた森、魔物は一匹も居りません」
「以前はね、でも今はそんなモノ達を軽々と扱える魔法に長けた者がこの国に入って来てるのよ。どうなっているか分かったもんじゃないわ」
「ですが、ここを通り抜けなければ、安全な地には辿り着きません」
「きっとお父様はここを通らない。婆やもね、何故なら私を安全に外に逃がす為だから。だから、私はあなたに守ってもらうほかないのよ! ルイス・ヴァーノンさん! 剣も元通りになったみたいだし、私を守って下さい! 全力で!」
「言われなくてもそうしますが、私に対してあなたが敬語を使うのは良くない。あなたはまだこの国の姫です。全てが終わってしまってからにして下さい。そういうのは」
「じゃあ、ルイス! 行くわよ! 私の事はしっかり守りなさいね!? って言えば、満足なのかしら?」
「まあ、そうですね。気弱な姫様は嫌いなんで。わがままも嫌ですけどね」
「じゃあ、どんな私が好きなの?」
「え? それは……まあ、素直が一番です」
「そう、じゃあ、行きましょう。私の気が変わる前に」
「そうですね、姫様」
「もう! その『姫様』はやめてよね! 私にはちゃんとした名前があるの! あなたのようにね、私の名前はヴィオレッタ・ローズ・フェリシア・リーナ・ボイドよ! あなただってもう畏まらずにいて良いわ。何て呼ぶのが良いかしらね?」
考え出した彼女にルイスは言う。
「そのまま、今のままで良いですよ。じゃあ、俺と言った方が良いってことでしょうか?」
「そうね、その方が私の身分もバレないし。じゃあ、私のことは『ヴィオ』って言うのよ、ずっと周りの人にはそう言われていたし。その方が気楽で良いわ。これから長くなるかもしれないんだから、一緒に居るの」
「そうですね」
「じゃあ、ルイス、この先はもうあなたに任せるわ。私が行ったことのない所だから」
そう言って彼女は黙った。
突然、そういう感じになるか……。
ルイスは困った。でも歩みを止めてはいけなかった。話しながらも今も歩き続けている。それを姫は分かっていた。
ある程度の知識を王から学んでいる。
だからきっと大丈夫だ。
この姫様なら、きっと楽しくしてくれるに違いない。
「怖がらずに行きましょう。俺もそうします。最善を尽くしますよ」
「そう、それが聞けて安心したわ。眠いなんて言ってられないわね!」
「まあ、そうですね。今は眠れません。頑張って歩いてもらわないと……」
「そうね、そうしたいわ」
負ぶれと言っているのか? と一瞬ルイスは案じたが、それは杞憂だったみたいだ。
しっかりと眠いと言いながらもこの姫は歩いた。
ほっとするこっちの方が。
まだ森を抜けるのに何日かかるか計算をしていないが、一日も早く抜けるに越したことはない。馬ならもう抜けているかもしれないけれど。
それだけこの国の馬が俊足だからで普通はそんなことはないが、馬が使えないのは本当に痛い。
だが、姫が決めた事には逆らえない。
それがルイス・ヴァーノンが騎士である所以である。
後に『テルツァの皆さん』と呼ばれるほどの実力ある魔法が一番強い冒険者パーティーのリーダーになるのだが、それはまだ彼自身、姫自身知らない逃亡生活の中での未来の話であった。