9・タリージュ村
タリージュ村へは、馬車を乗り継ぎ三日で到着した。馬車を降り、村の入口へと三人は歩いて行く。
敦也は村に入ると、空気の重さが変わった事に気付いた。ちらりとサラの方を見ると、サラも表情が固い。今は昼過ぎなのに、出歩いている村人も見当たらなかった。
「……こんな事になる前は、明るくて穏やかな時間の流れる村だったんです……」
マイルズは村の様子を見て、悲しそうな表情で呟くように言った。
「この病気が流行り始めてから、居なくなった住民はいますか?」
「いえ、俺が居た時は一人も……一度、家に行きましょう。父が……村長が把握してると思います」
三人は村で一番大きな建物に向かった。扉を開け、マイルズは中に声を掛ける。
「ただいま。親父、調子はどうだ?」
そう言い返事を待ったマイルズだったが、一階に人の居る気配が無い。マイルズは寝室があるのであろう二階へと、階段を登っていった。敦也とサラは階段の下で待っていると、マイルズが上階から二人を呼んだ。
「敦也さん、サラさん、すみませんが、上がって来て下さい」
二人が階段を登ると、寝室の扉の前でマイルズが待っていた。かなり動揺しているようで、少し手が震えている。
「父を、紹介します……」
震える声でそう言うと、マイルズは寝室に入りベッドへ向かった。広いベッドには、痩せこけた老人が横たわっている。
「父の、ノヴァーです。俺が村を出た時は、起きて動いてたんですけど……今は起き上がれなくなってしまったみたいで……」
ノヴァーは薄く目を開き、敦也とサラを見た。口が少し動いたが、声を出すのは辛いのかすぐに目を閉じ脱力した。
「マイルズさん、この薬をノヴァーさんに飲んで頂きたいです。直ぐに。宜しいですか?」
敦也はリュックを下ろし、素早く瓶を取り出した。瓶の中身は濃い緑色をしており、いかにも苦いです。という顔をしている。
「は、はい。勿論です!親父、薬、飲めるな?今スプーンを持って来ます!」
マイルズは弾かれたようにコクコクと頷いた。そしてノヴァーに声を掛けると、慌てて階下に降りて行き、直ぐにバタバタと足音を響かせ戻って来た。
スプーンを持つマイルズに、蓋を開けた瓶を敦也は手渡した。どろりとした液体をスプーンに乗せ、ノヴァーの口に流し入れる。
苦味に少しだけ眉を寄せたノヴァーだったが、喉を動かし薬を飲み込んだ。マイルズは薬が無くなるまで、スプーンをノヴァーの口へと動かした。
「……み、ず……」
薬を飲み終わると、ノヴァーは掠れた声を出した。マイルズがサイドテーブルに置いてあったピッチャーからコップに水を注ぎ、ノヴァーの体を起こした。ゆっくりと水を飲んだノヴァーは、またベッドに横たわると敦也の方へ顔を向けた。
「貴方が、依頼を受けて下さった……冒険者ですか?……こんな姿で、申し訳ない……私が、タリージュ村の、村長です……」
まだ辛そうなノヴァーは、ゆっくりと言葉を区切りながら話した。敦也はベッドの傍で膝を付き、ノヴァーに答える。
「はい。俺は敦也と言います。こちらはサラ。マイルズさんから依頼を受けて参りました。先程の薬は、体に入った魔物の瘴気を癒す薬です。苦いですが、元気になるまで毎日飲んで下さい」
「魔物の瘴気!?敦也さん、親父は魔物に傷付けられたりしていません!なのに、どうして魔物の瘴気に侵されるんですか!?」
驚いたマイルズは、敦也にまくし立てた。敦也はそんなマイルズに、静かな口調で返す。
「魔物の中には、触れずとも瘴気に罹らせる事の出来るものが居ます。ノヴァーさんは、魔物の瘴気に罹っていました。タリージュ村は、かなり力のある魔物に狙われている……という事になります……」
「……え?魔物の瘴気に罹っているのが、分かるんですか?」
驚いたように目を丸くしたマイルズに、敦也はどこか悲しそうな顔で頷いた。
「はい。俺は魔物の瘴気を感じる事が出来るんです……だから、冒険者協会でマイルズさんに話しかけたんです」
サラは敦也の言葉を聞き、冒険者協会の受付の言葉を思い出した。「渡りは非凡な才能を持っている」この瘴気を感じる事が出来る、というものも、その才能の一つなのだろうか。
「そうなんですね……ありがとうございます。あの、どうしてタリージュ村が、そんな恐ろしい魔物に狙われるんでしょう……?」
「理由が無い事の方が多いです。ただ、そこに魔物が居て、そこに村があった。それだけで……でも、理由がある事もあります。魔物の目を引く物があったり、何かに呼ばれたり……」
「魔物の目を引く物……呼ばれたり……?」
マイルズは訳が分からない、という表情で敦也の言葉を繰り返した。
「マイルズさん、今日は村を見回り、重症な方に優先して薬を飲んで頂きたいです。薬草の調達もしなければなりません。調査は明日からでも宜しいでしょうか?」
困惑しているマイルズに、敦也は切り替えるように提案した。
「はい!勿論です!案内します。親父、行ってくる」
ノヴァーは薄く微笑み、マイルズに頷いた。マイルズは寝室を出ると、隣の部屋の扉を叩いた。
「母さん、入るよ」
答えを待たずにマイルズは扉を開けると、並んだベッドにマイルズの母親と、女性が寝ていた。二人共起きたようで、目を瞬かせてこちらを見ている。
「……マイルズ?帰って来たのね。良かった……」
「マイルズ……おかえり」
マイルズはベッドに近付くと、泣きそうな表情で苦笑いした。
「ただいま……調子、どう……?」
「お父さんが酷くてね……私達も、起き上がってると辛くなってきちゃったの……それで、マイルズ?この方達は……?」
「依頼を受けてくれた冒険者の、敦也さんとサラさん。敦也さん、サラさん、俺の母のネリと、姉のトトリです」
敦也とサラは、二人に会釈をした。ネリは少し頬は痩けているが、ノヴァー程の衰弱は見られない。トトリも元気が無いように見えるが、笑顔を二人に返してくれた。
「まぁ、敦也さん……来て下さりありがとうございます。すみませんねぇ……私達、今こんなですから、お構い出来ませんで……」
ネリは困ったような笑顔を敦也達に向けた。敦也はそんなネリに気遣うように微笑む。
「いえ、無理はなさらないで下さい。あの、この薬を飲んで下さい。即効性はありませんが、ゆっくりと体に入った魔物の瘴気を消す薬です」
「魔物の、瘴気……?」
敦也が薬を差し出すと、ネリとトトリは怪訝そうな顔を敦也に向けた。
「この薬は俺も飲んだんだ。今、村で流行ってる病気は、魔物の瘴気が原因なんだって。敦也さんには、瘴気を感じる能力があるんだ」
「そう、なの……私達が薬を飲んで、元気になれば村の人達も敦也さんを信頼して飲んでくれるかも知れないものね」
驚いていたトトリだったが、敦也とマイルズの意図を察し薬を受け取った。そんなトトリの言葉に、ネリは得心がいったと大きく頷いた。
「分かったわ。私達も、敦也さんを信じます。薬を飲みますね」
「ありがとうございます」
敦也が礼を言うと、ネリも敦也から瓶を受け取り中身を一口飲み込んだ。
「あら……」
とろりとした緑色の液体は、想像していたものと違い飲みやすい。二人は何回かに分けて飲み干すと、笑顔を敦也に向けた。
「美味しいお薬を、ありがとうございました」
「重症な人に飲んで貰うのは不味い薬らしいから、二人共良かったな」
困ったような笑顔を向けるマイルズを、トトリは眉を顰めて見上げた。
「え、じゃぁもしかしてお父さん……」
「不味い薬を飲ませたよ……でも、少し顔色が良くなったと思う」
「あら、そうなの?まぁ、良くなるならねぇ……」
「良薬口に苦し……って言うものねぇ」
ネリとトトリは顔を見合わせ頷き合っている。その様子を見たマイルズは安心したように微笑んだ。
「母さん達が酷くなってなくて良かったよ。じゃあ俺達、村の人達の様子を見てくるから。二人共、ちゃんと寝ててね」
「ああ。気を付けて行ってくるんだよ」
村長の家から出ると、マイルズは敦也とサラに村民の家を案内した。殆どの村民は起き上がれない程の症状ではなかったが、数名は衰弱している者がいた。
衰弱している者には、不味い方の薬をマイルズが飲ませた。他の村民には、マイルズから敦也の作った薬の話だけをし、飲ませる事はしなかった。
「―――これで、タリージュ村の村民は全員です。何か見ておきたいものとか、ありますか?」
最後の家から出ると、マイルズは二人に質問した。
「……ノヴァーさんに聞きたい事がありますが、体調が良くなってからですね。今日は薬が足りて良かったです。今から薬草を採りに森に入ろうと思います。帰ってから薬も作りたいですし……」
少し考えて敦也が答えると、マイルズは笑顔で頷いた。
「では、俺は食事の支度をして待ってます。お気を付けて」
「ありがとうございます。行ってきます」
マイルズと別れた敦也とサラは、村から出て北の森の方へ向かった。しかし、村から出た敦也は足を止めた。
「どうしたの?敦也」
「……うん。薬草は少ないかも知れないけど、南の方に行こう」
「分かったわ」
何かを感じたらしい敦也の言葉に、サラは素直に従った。静かな村を横切り、街道沿いの茂みに入る。
「敦也、欲しい薬草は竜髭草とミドリシメジと小粒矢菊で良いのよね?」
「うん。竜髭草とミドリシメジはここではあまり取れないかも知れないね……手持ち分で足りると良いけど……」
そう言いながら、二人は必要な薬草を採取していった。種類別に、薬草を袋に入れていく。小粒矢菊の袋はすぐにいっぱいになったが、竜髭草とミドリシメジは数える程しか見つからなかった。
「これじゃ足りないな。サラ、俺はもう少し薬草を探して来るから、サラは小粒矢菊を洗って干しておいてくれないか?」
「……分かったけど……気を付けてね」
「ああ。暗くなる前に帰るよ」
何か言いたげなサラだったが、敦也の願いを受け、マイルズの待つ村長の家へと歩いて行った。その後ろ姿を見送った敦也は、村を迂回して北の森へ向かった。
日が傾き始めた夕刻。森の入口は先程と比べ、かなり暗く感じる。
「……少しだけ、行ってみるか」
暗いだけでなく何かを感じる北の森。敦也は、不気味なその森に足を踏み入れた。




