5・豊と村長
「ねぇ、君可愛いね。何処まで行くの?」
循環馬車に乗り幾つかの停車場を越えると、乗り込んで来た乗客がサラに声を掛けてきた。その男性二人組は、冒険者のような装いをしている。
声を掛けられたサラは、迷惑そうに眉を顰めた。サラは村で一番可愛いと言われていた。敦也もそう思う。
赤銅色の美しく波打つ髪、大きな桃色の瞳、すっと通った鼻筋に形の良いふっくらした唇。サラはあちらの世界でも、中々見ない程の美人だった。
「俺の連れに何か?」
敦也が二人組の男達ににこやかに声を掛けると、男達は敦也を見て白けたように無表情になった。
「いえ……」
頭を軽く下げてから、小声で二人で話をしている。
「連れが居たのかよ……」
「あれが連れ?釣り合いが……あ、護衛か」
陰口が聞こえるが、敦也は気にしなかった。実際、敦也はサラの護衛のつもりだった。スヴィールに着くまでの護衛。なので釣り合いが取れていないと言われても、そもそもそういう関係ではない。
「敦也、ありがと」
隣に座るサラは、少し嬉しそうに敦也を見上げた。上目遣いになっていて、やはり可愛らしい。
「失礼な人達ね。敦也はカッコイイのに」
「んっ……ありがとう……」
サラは敦也にくっ付きそうな程に近付き小声で耳打ちした。
こんな美人に褒められ敦也は吃驚し、少し耳が熱くなるのを感じながら礼を言った。
途中小さな町で宿をとりながら馬車を乗り継ぎ、スヴィールの町に着いたのは三日目の夕方頃だった。馬車から降りた敦也は、サラに問いかける。
「スヴィールに着いたけど、サラはここに何の目的で来たの?」
「えっ?……わ、私も冒険者になりたくてっ」
「ええ!?そんなの、村長さんは許してくれたの?サラが冒険者にって……危険でしょ?」
サラの答えに敦也は驚いて更に質問を重ねた。サラは敦也の質問に答えず、目を逸らして地面を見ている。その様子を見て、敦也は黙って出て来たのだと察した。
「えええ?困ったな……ここまで連れて来ちゃったけど……サラ、村長に連絡しよう。心配してるよ」
敦也はここに来るまでの三日間に、サラに目的を聞かなかった事を後悔した。馬車の中では特に話はしなかったし、食事中も味の感想を言い合うだけ。勿論宿の部屋は別だった為、二人の会話は最低限だった。
「私、帰らないから……」
頑なな言葉とは裏腹に、サラは敦也に掌サイズの少し厚めのカードを手渡した。このカードは通信機能もあり、その他様々なデータ管理も出来る多機能な情報機器だ。
サラは村長の連絡先を開いてくれていて、すぐに通話出来る状態になっていた。
後悔の念が敦也の胸中に渦巻く中、耳に当てたカードからコロコロと何かが転がる呼出音が聞こえてくる。こちらの呼出音を聞くのは初めてな敦也だったが、それに感動している場合ではなかった。
「サラか?お前どこに……!」
「村長、すみません。敦也です。今、スヴィールの町に居ます。サラさんと一緒に……村の馬車の停車場でサラさんと会いまして、スヴィールに向かうと聞き一緒に来てしまいました。村長に確認を取らずに来てしまい、本当に申し訳ございません」
村長の怒った声が聞こえ、敦也はすぐに謝り説明をした。申し訳なさそうに謝っている敦也を見て、サラはカードを取り上げた。
「お父さん、勝手に出てきてごめんなさい。でも、私もちゃんと考えたの……うん。分かってる……うん……うん……ありがとう……うん……」
サラが村長と通話している姿を見て、敦也はこれからどうしたら良いのか考えていた。早くサラを村長の元に連れて行かないといけない。だが、馬車賃に宿泊費、食費と、スヴィールと村を往復するまでの旅費は今の敦也の所持金では足りない。
先に冒険者登録して、村に送ってから……と考えていると、サラからカードを渡された。
「お父さんが、敦也に話したいって……」
「あ、うん……はい、村長。代わりました」
敦也が通話を替わると、憔悴したような村長の声が聞こえた。
「敦也……サラが済まなかった。それで、相談なんだが……敦也の旅に、サラを同行させて貰えないだろうか……?」
「えっ!?危険ですよ?それに、サラは学校が……」
敦也は驚いて上ずった声を出した。対して村長は、低い唸り声を出している。
「むぅん……私も言ったんだがね。サラは冒険者になる為なら、学校は中退で構わんと言うのだよ……敦也と旅に出たいそうだ」
「俺と……?」
敦也は意味が分からずに眉を寄せた。サラの選択を受け入れている村長は静かに続ける。
「ああ。サラは君を気に入っているからね」
「サラが俺を?」
「わぁー!」
敦也が村長の言葉に目を丸くして驚くと、サラがまた敦也からカードを取り上げた。顔を真っ赤にしたサラは、慌てて村長に捲し立てた。
「とにかくお父さん!許可してくれてありがとう!また通話かけるから!じゃあね!」
そう言うと、サラはカードを指先で軽く叩き通話を終了した。
「さぁ敦也!お父さんの許可も貰ったから、先に宿を確保しましょう!」
「え?……あ、ああ……」
サラに強引に手を引かれ、敦也はサラと暫く滞在出来る宿を探す為歩き始めた。
「豊居るか?上がるぞ」
村外れの森の中に佇む小さな家の扉を開けながら、村長は中に居る豊に声を掛けた。晩酌の準備を終えた豊は酒瓶を片手に、扉から入って来る村長を見た。
「どうした?サラが見つかったか?」
心配そうに眉尻を下げた豊に、村長は困ったような笑顔で頷いた。
「ああ。見つかった。心配掛けて悪かったな」
そう言いながら、村長は家の中に入る。手に下げた袋には酒瓶が入っている。豊はそれを見て、持っていた酒瓶を仕舞い、代わりにグラスを二つ出してきた。
「全く……あの娘は……村中を心配させて……報告に回ったワシの気持ちを考えろと言うんだ……」
溜息をつきながら愚痴を吐き出す村長に、豊はグラスを渡した。
「まぁ、無事見つかったなら良かったじゃないか」
二人はお互いに酒を注ぎ合い、グラスを眼の高さまで上げ視線を交わすとグラスに口を付けた。
「……ん。美味い酒だ」
「ふっ。そうだろう。隠し持っていたやつを持って来たからな。飲まないでやってられるか」
「……何だよ?見つかったんじゃないのか?」
落ち込んでいる友人の顔を、豊は心配そうに覗き込んだ。友人は酷く寂しそうな顔をしている。
「サラはな、敦也と共に旅に出ていたんだ」
「敦也と!?あいつ……!」
険しい顔で立ち上がりかける豊を、村長は柔らかく手で制した。
「いや、いや、違うんだ。豊。サラが敦也を追い掛けて行ったんだよ。敦也は通話口で困っていたよ……」
「……そうか……それで、サラは何度も俺に聞いて来たのか……」
豊はサラの行動に得心がいった。敦也が旅立つと知ってから、サラは豊に敦也が旅立つ日を聞きに来ていた。その目的を、豊は別れを言う為だと思っていたが全く違っていたらしい。
「大丈夫なのか?サラが、冒険者になるなんて……」
心配そうに聞く豊に、村長は難しそうに眉を顰めた。
「そうさなぁ……サラは戦う事に関しては駄目だが、回復魔法が使える。強くはないが、魔法もな。弓の練習はしていたが、あれはまだまだだったな」
村長は思い出すように目を細めた。
「何時だったか、魔物に襲われ帰って来た事があった。あれから、魔法と回復魔法の修練に力を入れるようになったんだ。あれは、敦也の横に立つ為だったのかも知れないな……」
「……そこまで想われて、敦也も中々やるじゃないか」
ここには居ない敦也を揶揄うように笑う豊に、村長はニヤリと笑顔を向ける。
「おいおい、俺は村の女達に、お前と取り持ってくれってよく言われるんだが?敦也も独り立ちした事だし、そろそろ……」
「有難い話ではあるがな。俺は一生独身でいるわ」
軽い口調で断る豊に、村長はため息をついた。
「何だよ……今回言ってきたのはルリさんだぞ?全くルリさんも、こんな男の何処が良いんだか……」
「ルリさん?えっ?あの人まだ若いだろ?」
豊は驚いて村長を見た。豊とルリでは親子程に年が離れている。村長はまた深くため息をついた。
「そうだよ。あのルリさんだよ。ルリさんは未亡人になってからも人気がある。なのにお前が良いと、若い衆の求婚に見向きもしてないぞ」
「ルリさんかぁ……」
「何だ、満更でもなさそうだな」
色気のある未亡人のルリを思い出し考え込む豊を、珍しそうに村長は見て笑っていた。
「い、一緒の部屋か……」
「うん。これから一緒に冒険者として旅をするなら、出来るだけ出費は抑えたいでしょ?二部屋とるより、二人部屋の方が安くあがるもの」
強気に頬を染めながら言うサラとは対称的に、困り顔で悩む敦也は冒険者達がよく利用する宿の前で話していた。
お金が無いのは事実であるが、他所様の大切な娘さんと同じ部屋で夜を過ごす事に抵抗があった。
「サラ、ごめん。お金を稼げるようになったら、サラを一人部屋に泊まれるようにするから。それまで我慢して欲しい」
「我慢なんてしてないわよ!ずっと一緒の部屋で良いから!私達、仲間じゃない!」
申し訳なさそうに視線を地面に落としたまま言う敦也に、サラは強く言い切った。サラの言葉に、敦也は目を見開く。
「仲間……仲間か。そうだな。サラと俺は仲間なんだから、信頼関係があるんだから……サラ、ありがとう。サラの信頼を、絶対に裏切らない。信じてくれて、ありがとう」
「あ、いや……それは…………うん……」
凛々しい表情で敦也に言われ、サラはしどろもどろに答えた。
敦也の事は信頼している。しかしサラは敦也に恋心を抱いていて、先程の敦也の言葉からは敦也がサラにそういった気持ちを持っていないという事が分かってしまった。
「……まぁそんな事は、分かっていたわよ……」
宿に入っていく敦也の後ろ姿を見ながら、サラは萎れる心を持ち直すように口をキュッと結び敦也の後を追った。




