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4・旅立ち

 




「……お前は何時んなったら、独り立ちするんだ?俺は助かってるから良いけどよ」


 ある日の夕食時、豊は敦也の作った料理を食べながら聞いた。敦也は学校を二年前に卒業してから、家事を率先してやり、豊の番人の仕事も手伝っている。

 敦也がこちらに渡ってから五年が過ぎ、当時十六歳だった敦也は今では二十一歳になっていた。


「独り立ちって……俺はここの番人を継ぐんじゃないんですか?」


 箸を止めキョトンとした顔で豊を見る敦也に、豊も同じように目を丸くして敦也を見た。


「もしかして、ここの番人になるつもりでいたのか?……あー、悪い。ちゃんと言ってなかったもんな。お前はここの番人を継ぐ必要は無い。勿論継いでも良いんだが……この世界を旅したって良いんだ。ここに縛られず、自由にしていい」


 自由にしていい。その言葉に敦也は開放された気分になった。明確に言われた訳ではなかったが、豊が敦也を育ててくれたのは後継者にする為だと思っていた。そうではなかった事に、敦也は驚いている。


「……俺はな、あちらの世界に未練があるんだよ……だから俺は、ここの番人をしてあちらの世界に少しでも触れたくて、ここに留まってるんだ」


 未練……敦也もあちらに戻れるのなら、家族や友達に会いたいと思っている。しかし、自分があちらに戻ったとしても禁足地から出る事が出来ないのならと、現状を受け入れてしまっていた。


「豊さんの、未練って……」


「……笑うなよ?結婚の、約束をした人が居たんだよ。まぁ、口約束で、ちゃんとプロポーズもしてなかったんだがな。今となっちゃぁ、彼女ももう違う男と結婚して幸せな家庭を築いてるんだろうが……俺は彼女が忘れらんねぇんだ」


「そっか……聞いてしまって、すみません……」


 寂しそうに笑う豊に、敦也は神妙な面持ちで謝った。しかしそれを豊は笑い飛ばす。


「いや、良いんだ。俺も聞いて貰いたくなっちまったんでな。悪い悪い」


 その日の豊は、何時もより多く酒を飲み床に就いた。敦也も少し酒を飲んでいたが、薄い布団に横になっても中々眠れないでいた。


 この世界を旅したって良いんだ。自由にしていい。豊の言葉を反芻する。学校でこの国や世界の事は学び知っていた。旅をして世界を回る事は、きっと大変だろうが面白そうだと心惹かれる。

 あちらの世界に未練が無い訳ではない。戻れたら良いとは思うが、それは現在の敦也ではなく肝試しをする前の敦也に、だ。

 世界を旅する……敦也はその生活を想像しながら目を閉じた。




 敦也は翌日から学校で使っていた教科書を引っ張り出し、今敦也が居るノズハミ国を調べた。だが教科書だけでは情報が少ない。そう思った敦也は、村の図書館に出向いた。


「あれ?敦也じゃない。珍しい。どうしたの?」


「ああ、サラ。久しぶりだね」


 図書館の自習スペースで地図やら旅行雑誌やらを広げている敦也に、小さな声でサラが声を掛けてきた。森の中でサラを助けて以来、サラは敦也を見掛けると声を掛けてくれるようになっていた。

 サラは敦也の目の前の席に参考書を置き座った。


「地図?旅行雑誌まで……敦也、何処か旅行に行くの?」


「うん。旅に出ようと思って。とりあえず冒険者登録出来る町を探して、その後何処に行くか考えてるんだ」


 敦也の話を聞いたサラは、信じられないとでも言うように眉を寄せた。


「旅!?冒険者!?敦也、貴方番人の仕事はどうするのよ!?」


 立ち上がらんばかりに身を乗り出して言うサラに、敦也は静かに答える。


「豊さんがさ、言ってくれたんだよ。跡を継がなくても良い、自由に旅をしたって良いって。こっちの世界はあちらと全然違って、まぁ……危険が多いけど面白いからさ、旅するのも良いかと思って」


「……でも!」


 まだ納得しないサラに、敦也は人差し指を口の前に立て微笑んだ。サラの声に驚きこちらを見ている他の利用者達がいる。

 サラが口を結んだのを見ると、敦也はまた旅行雑誌に視線を落とした。サラはまだ何か言いたげに敦也を見つめていたが、暫くすると立ち上がり敦也の前から立ち去って行った。




 その日の夜、敦也は夕食の魚の骨を取りながら豊に言った。


「豊さん、俺、旅をしてみようと思います。まずはこの国を周って、他の国にも行けたらと思ってます」


「おう。良いんじゃねぇの?お前の腕なら、冒険者に登録しても良いだろうしな」


 豊はそう言うと、酒を煽った。


「……何時出るんだ?」


「まだ決めてません。準備が出来たら……」


「そうか」


 何でもないように薄い笑みを浮かべ言った豊だったが、瞳に寂しそうな色を浮かべていた。




「敦也、これ、持ってけ」


 旅に出る事を伝えた数日後、豊は敦也に包みを渡した。敦也が包みを開くと、中にはナイフと吊り下げハンガーが入っている。


「え、豊さん、これ……?」


「旅をしていたら数日野宿、なんて事もあるだろ。解体ツール、あると便利だぜ。お前、肉解体するの上達したしな。ま、餞別だ。持って行け」


 敦也は解体ツールと豊を交互に見た。理解が追い付くと、嬉しさが込み上げてくる。


「豊さん……ありがとうございます。解体する時、豊さんの事、思い出しますね」


「それはやめろぉ」


 敦也がふざけると、豊は眉を顰めながらも面白そうに笑いながら首を横に振った。


 敦也は魔物を倒した事で、豊から報酬を得ていた。その貯めていたお金を旅の資金に充て、必要な物を買い揃えた。


「敦也、何時旅に出るんだ?」


 これで何度目だろうか。豊が敦也に尋ねた。豊が敦也を追い出したい訳ではない事は分かっている。しかしこう何度も尋ねられる理由が、敦也には見当も付かなかった。


「明後日出ます。荷物も揃ったので、明日は村長と学校の先生達に挨拶して来ます」


「お。村長んとこ、挨拶行くのか。偉いな。んなら良いか」


 ついに豊は欲しかった答えを得る事が出来たようで、安心したように顎を撫でながら家を出て行った。

 豊は村長へ挨拶に行く事を気にしていたのだろうか。それならそう言ってくれれば良いのに、と思いながら敦也は荷物を纏めた。




「敦也、君が村を出るなんて寂しくなるなぁ……サラも悲しがる」


 敦也は豊に伝えた通り、旅立つ前日に村長の家に挨拶に訪れていた。

 村長の家は村で一番立派な建物で、庭も広い。豊の家など、村長の家の物置位の広さしかないだろう。

 敦也はこちらに渡ってすぐの頃は、ノズハミ国は日本と似ている国だと思っていた。豊の家が畳は無いものの、日本の古民家に似ていたからだ。

 しかし村に出てみると、どの建物も石造りの建物で驚いた。しかし枝を編んで作った魔物除けの飾りだけは、豊の家と同様に施してあった。


「はい。お世話になりました。サラさんにも良くして頂きまして、感謝しております」


 敦也は微笑み頭を下げた。敦也の言葉に嘘は無かった。学校で他の生徒達は敦也に近寄りもしなかった。しかしサラだけは、助けて以来敦也に話し掛けてくれていた。それが敦也にとって本当に嬉しい事だった。

 今この場にサラはおらず、挨拶が出来ない事を敦也は残念に思った。


「サラが聞いたら喜ぶよ。敦也、達者でな。帰って来たら、何時でも顔を出しておくれ」


「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 敦也は村長へ挨拶を済ませると、学校へも立ち寄った。敦也は渡りで目立つ人物だったが、真面目で勤勉な生徒だった為先生の覚えも良く好評を博していた。その為旅立ちを残念がられたが「頑張れよ」と送り出してくれた。




「……まだかまだかと思っていたが、ついに明日ってなると寂しいもんだな」


 夕食の席でポツリと、豊が呟いた。今日の豊は食事よりも酒の方が進んでいる。


「豊さんには、本当にお世話になりました……俺、本当に豊さんに感謝してて……」


「んな事わぁってるよ。何だよ、隅々まで掃除して……んな気ィ使わねぇで良いんだよ」


 いつもより酔っている様子の豊は敦也に絡む。今日は敦也は酒を飲まずに豊と夕食をとっていた。


「飛ぶ鳥跡を濁さず、ですよ」


 静かにあちらの世界の諺を言った敦也に、豊は思わず笑った。


「はっ!懐かしい言葉出してきやがって!……敦也お前……何時でも帰って来いよ。ここは、こちらの世界のお前の実家みたいなもんだからな」


 そう言ってくれる豊に、敦也は胸が締め付けられた。泣きそうになり、敦也は下を向く。


「はい……近くに来たら、寄らせて貰います」


 敦也は涙を堪えて答えると、豊は満足そうに笑い酒を煽った。




 翌日支度を整えた敦也は、大きな荷物を背負い家の外に出た。これから森の中に向かう豊と向き合う。


「豊さん、お世話になりました。お身体ご自愛ください……それじゃ、行ってきます」


「へっ……お前も気を付けて行ってこい。達者でな」


 二人は別れ豊は森へ、敦也は村の外へ歩き出した。よく晴れた空には白く輝く太陽が登っている。まだ寒さが残ってはいるが、春の訪れを感じさせる野花が咲き始めている。

 敦也は村の外に出ると、循環馬車を待った。もうすぐ馬車が来る時間ではあるが、遅れる事は珍しくない。ゆっくり待とうと、敦也は水筒を出した。


「敦也!」


 不意に名前を呼ばれ敦也がそちらを向くと、サラが立っていた。サラも大きな荷物を背負い、武器を腰に下げている。


「サラ、おはよう。もしかして、サラも何処かに行くの?でも、一人……?」


 敦也がサラの同行者を探してサラの後ろを見てみたが、誰も居ない。サラは敦也の隣に来ると、息を深く吐いた。


「馬車はまだみたいね。良かった。間に合って。敦也もスヴィールの町に行くのかしら?私もそこに行くの。一緒に、行っても、良いかしら?」


「え?うん……サラ一人なら心配だし、一緒に行こう」


 スヴィールの町はこの辺りで一番大きな町だ。敦也はスヴィールで冒険者に登録する予定だった。


「良かった。よろしくね!敦也!」


 少し不安そうにしていたサラは、敦也に嬉しそうな笑顔を見せた。

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