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10・薬草摘み

 





 暗い北の森を、敦也は薬草を採りながら一人進んでいた。茂る木々に遮られ、夕日はあまり差し込んでこない。

 森を奥に進むにつれ、瘴気が濃くなってくる。


「サラを連れて来なくて良かったな……」


 敦也は小さく呟いた。サラの、この瘴気に対する耐性は未知数だ。これだけ濃い瘴気であれば、耐性の無い者は短時間浴びるだけで起き上がれなくなってしまう。


 もし、サラも一緒に森に入るなら……敦也は考えた。危険すぎる事だが、敦也とサラはパーティを組んだ仲間だ。これから一緒に旅をするのならば、濃い瘴気を扱う魔物と対峙する事は少なくないだろう。


 敦也は竜髭草とミドリシメジ以外にも、数種類の薬草を採取した。念の為だ。サラを危険に晒す事はしたくない。何かあったら、村長に顔向け出来なくなる。

 だが、サラは敦也の仲間としてこれからも旅をしたいと言っていた。ならば、この薬を使わねばならないだろう。


 敦也は魔石板を取り出し、地図アプリを開いた。自分の位置と、タリージュ村の位置を確認する。

 画面の地図を北方向に移動させると、敦也の手が止まった。


「ラドナン跡」


 何の跡地だろうか。気にはなるが、今日はもうこれくらいにして帰らないと暗くなってしまう。

 敦也は魔石板を仕舞うと、タリージュ村へと歩き出した。




「あ、敦也!お帰り!」


 敦也が戻ると、夕食の準備の手伝いをしていたサラが振り向き、笑顔で出迎えてくれた。暗い空気の村の中、サラのその明るい笑顔で敦也の気分は安らぎ自然と口角が上がった。


「ただいま。マイルズさん、薬草を洗いたいのですが、井戸をお借りしても良いですか?」


「あ、敦也さん、お帰りなさい!井戸でしたら、どうぞどうぞお使い下さい!夕食はもうすぐ出来ますから!」


 敦也が訪ねると、マイルズも嬉しそうな笑顔で答えた。無理をして元気に振舞っているようにも見えない。サラと会話をしつつ食事の支度をして、楽しい話題で盛り上がったのかなと、想像しながら敦也は外に出た。


 薬草を洗い幾つかの束に分け、小粒矢菊の干してある物干しに並べて干した。

 マイルズとサラの元に戻ると、二階から降りて来たらしいネリとトトリが食卓についていた。


「敦也さん、お帰りなさい。貴方の薬のお陰で、元気になりました。ありがとうございます」


「敦也さん、ありがとうございます!起き上がるのも辛かったのに、今は少し倦怠感があるだけなんです。しかも……」


 トトリの言葉を、マイルズが手を振って遮った。嬉しそうな三人の笑顔を見て、敦也も自然と笑顔になる。マイルズがそんな敦也の右手を握った。


「親父が……親父の顔色が良くなって、しかも起き上がったんです……!トイレに行きたいと、自分で起き上がったんですよ……!歩くのは大変で、俺が支えたんですけど……こんなに回復するなんて……本当に、ありがとうございます……!」


 最後涙声になりながら、マイルズが礼を言いながら頭を下げた。敦也はマイルズの背中を何度か叩いた。


「良くなってきたんですね。良かったです。明日、薬を作りますので、それをまた飲ませて下さい」


「はい!勿論です!ありがとうございます……」


 泣きながら頭を下げるマイルズを、サラもネリもトトリも微笑んで見ていた。


「さぁ、折角の料理が冷めてしまいますよ。敦也さん、お掛けになって。頂きましょう」


「あ、はい。すごい美味しそうですね。ありがとうございます」


 敦也はネリに頷くと椅子に座り、テーブルに並ぶ料理を見た。野菜炒め、肉と野菜が煮込まれたスープ、照り焼きチキンと、どれも美味しそうだ。

 ネリとトトリの前には、スープを粥にアレンジしたものが置かれていた。


「いただきます」


 敦也は手を合わせ、スープを一口飲む。


「美味し」


 飲んだ事の無い初めて味わうスープに、思わず声が出た。牛骨と牛肉、野菜を煮込んだスープは、旨味が凝縮されている。コクのあるスープに感動していると、サラが敦也をつついた。


「作り方教えて貰ったから、今度作ってあげるわね」


 美味しそうにスープを飲む敦也に、サラが少し得意げに笑うと、敦也も嬉しそうな笑顔を見せた。


「はは!ありがとう。その時は俺にもレシピを教えてよ」


「ええ?これで敦也の胃袋を掴もうと思ってるのに?」


「い、胃袋を?あ、はは。どうしたの?サラ……はは……あんまり揶揄わないで……」


 悪戯っぽい笑顔でサラにそう言われ、敦也は赤くなってたじろいだ。悪戯っぽく笑っていたし、サラは本気ではない。そう自分に言い聞かせ、敦也は照り焼きチキンを口に入れた。甘じょっぱいタレが絡む鶏肉は口の中でほろりと解け、柔らかく美味しい。

 美味しいと表情で語る敦也に、マイルズは笑顔を向けた。


「そちら、サラさんが作ったんですよ。美味しいですよね!胃袋、掴まれちゃいますねぇ」


 敦也は目を丸くしてマイルズを見返した。ネリとトトリも、微笑ましい笑みを浮かべ敦也とサラを見ている。

 マイルズにまで揶揄われ、敦也は困ったように笑うしかなかった。




 翌日、敦也はノヴァーの寝室で、ノヴァーが薬を飲むのを見ていた。昨日はマイルズが少しずつスプーンで飲ませていたが、今は自分で瓶を口に付け飲んでいる。苦味と喉越しの悪さに顔を歪めながら、ノヴァーは何口かに分け薬を飲み切った。口直しに水を一口飲むと、敦也の方に顔を向ける。


「いやぁ……不味いですな、この薬は!しかし、本当によく効く薬です」


 顔色の良くなったノヴァーは、元気に笑った。昨日は粥しか食べられなかったが、今朝は野菜スープとフルーツも食べていた。


「もう少し回復したら、この薬より飲みやすい薬に変わりますからね。それまでは頑張って飲んで下さい。ノヴァーさんの体内に溜まった瘴気は、半分位は抜けています。ですが、薬が変わるまでは安静にして下さいね」


「分かりました。マイルズから、敦也さんが私に聞きたい事があると聞いています。何でしょう……?」


 敦也はノヴァーの質問に、居住まいを正した。


「ノヴァーさんが体調を崩したのは、北の森に行ってからでしょうか?」


「え?……ああ……そう……そうかも知れません……確かに北の森に行ってから、急に具合が悪くなりました」


 ノヴァーは記憶を探るように顎に手を当て答えると、敦也は魔石板をノヴァーに見せた。


「ラドナン跡。こちらは何の跡地ですか?」


「ああ。ラドナン村です。小さな村があったのですが、今は誰も住んでいないんですよ。タリージュ村にも、ラドナン出身の者がおりますよ」


「村ですか……何故廃村になったのか、分かりますか?」


 ノヴァーは敦也の問に首を傾げた。


「んん……私が子供の頃でしたのでね……急にラドナンは無くなったと聞いたのですが……下に資料が残っておりますので、マイルズに聞いて下さい」


「わかりました。お話ありがとうございます。ではノヴァーさん、ゆっくりお休み下さい」


 敦也はノヴァーに礼を言うと、階下へ向かった。マイルズの元へ向かおうとすると、楽しそうな声が聞こえてきた。


「……て思いますけど……やっぱり昨日、露骨すぎましたかね?」


「いやいや!今まで気付いて貰えなかったのなら、あれくらい露骨でないと。と思いますよ!これを機に意識して貰うように……」


「え~?意識して貰えますかねぇ?」


 敦也はマイルズとサラが誰について話しているのか察し、心臓がドキリとした。動揺を隠そうと、天を仰ぎ息をゆっくりと吐き出す。

 とりあえず今やらなければならない事に集中しようと、一度目を強く閉じて開いた。


「マイルズさん。ノヴァーさんから、ラドナン村の資料の事を伺いまして、お借りしたいのですが可能でしょうか?」


「あ、敦也さん。ラドナン村ですか?今お持ちしますね」


 マイルズはにこやかに頷くと、資料を取りに行った。サラは洗った食器を拭きながら、敦也に話し掛ける。


「ノヴァーさん、どうだった?朝食もちゃんと食べれてた?」


「うん。全部食べてたし、薬も全部飲んでくれたよ」


「そっか。薬が効いてるんだね。敦也の薬、すごいのねぇ」


 そう言いながらサラは敦也に微笑みかけた。


「あ、ああ。良かったよ。薬が効いて……」


 嬉しそうなサラの笑顔が可愛らしくて、敦也は目を逸らした。頬が赤くなっている気がして、敦也は何だか恥ずかしい気持ちになる。


「敦也さん、お待たせしました。こちらがラドナン村の資料です」


 マイルズは一冊の厚い本を持って来た。表紙が色褪せていて、古いものなのだと見て取れる。


「ありがとうございます。暫くお借りします」


「はい……ラドナン村に、何かあるんですか?」


「それはまだ、何とも言えないのです……すみません……」


 本を受け取りながら、敦也は申し訳なさそうに眉を下げた。そしてその表情のまま、マイルズに問い掛ける。


「マイルズさん、今から薬を作ります。庭をお借りしてよろしいですか?」


「はい!何か手伝える事はありますか?」


「薬を入れる瓶を集めて欲しいです。昨日の瓶よりも小さくなければ、大きい物でも構いません」


「わかりました!ご用意いたします!」


 マイルズはやる気の溢れる表情で頷いた。敦也は眉を下げたまま笑顔を見せる。


「すみません。俺の手持ちでは足りなそうなので……助かります」


「いやぁ!助けられているのは、こちらですから!では、集めて来ますね!」


 マイルズはそう言うと、家から出て行った。敦也はサラの方を向き、薄く微笑みかけた。


「じゃあ、サラも手伝ってくれるかな?」


「ええ。勿論!」


 サラは明るい笑顔を、敦也に返した。

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