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1・禁足地

 



 ホラーな表現があります。

 ーーーーーーーーーー





 高校生の男女が、ホームルーム後の人の少ない教室に残り集まっていた。髪を明るく染めた、背の高い男子生徒が楽しそうな声で話している。


「なぁ、明日から夏休みじゃん。折角だから、夏らしい事しようぜ」


「夏らしい事?海でも行くか?」


「海も良いけどさ、俺、ずっと気になってる場所かあるんだよね」


 何かを含んだ笑みを浮かべる男子生徒に、一緒に居た生徒達四人は胡乱げに眉を寄せ顔を見合わせた。しかし直ぐにその含んだものを察し、慌てて首を振る。


「ダメよ。あそこは立入禁止だって」


「そうよ!入ったら帰って来られないって聞いたわよ」


「夕介、海にしとこうぜ。何もわざわざ怒られに行く事ないって」


 皆に否定され、夕介と呼ばれた男子生徒は不服そうに眉を顰めた。


「何だよ。あんなの子供をビビらせて山に入らないように、大人達が言ってるだけだろ?海斗、怖いのか?」


 挑戦的な笑みを浮かべる夕介に、海斗は不快そうに目を細めた。茶色く染めた長い前髪で眉は隠れて見えないが、きっと眉間に皺が寄っている。


「怖くねぇよ……ったく、しょうがねぇな。敦也、お前はどうする?」


 敦也と呼ばれた男子生徒は、話を振られ頬杖を付いていた手を顔から離した。敦也の清潔感のある短い黒髪が、窓から入る風に揺れた。精悍さを感じさせる目が優しそうに弧を描くと、幼い印象になる。


「ああ。俺も山で良いよ。夏休みは長いんだし、海は次に行こうぜ」


「よーし!決まりだな。深里(みさと)と晶菜も来るだろ?」


 敦也の返事に気を良くした夕介は女子生徒達に顔を向ける。


「……どうする?」


 深里は晶菜に顔を寄せた。深里は小柄で、肩まで伸ばした髪を茶色く染めている。晶菜は長い髪を明るく染めた、目の大きな美少女だ。

 晶菜はニヤリと笑い深里の耳元で囁いた。


「行こうよ。敦也君も行くんだし、チャンスじゃない?」


「ちょっと晶菜……!」


「私達も行く~」


 深里と晶菜は小声で相談をすると、晶菜が夕介に笑顔で返事をした。


 彼等の夏休み最初の予定は、立入禁止の山に肝試しに決まった。

 学校を出た敦也は、帰りの方向が同じ深里と一緒に歩いている。


「敦也君は、怖いのとか平気なの?」


 深里は敦也の横顔を見上げた。敦也の事が好きな深里は、この下校の時間二人で話が出来る事を嬉しく思っていた。


「ホラー映画とかは平気。小さい頃は、夜のトイレが怖かったけど」


「あははは!分かる!私も~」


「今は平気だけどな!」


「分かってるよ~」


 楽しそうに笑う深里に、敦也は慌てて訂正をした。その敦也の様子に、深里は更に面白そうに笑う。


「ちょっと怖いな。黒穴山は、入っちゃ駄目だって昔から言われてたから。結構広い範囲が禁足地みたいだし……」


「ああ……ね」


 敦也は深里から目を離し、前方を見た。敦也も本当は乗り気ではないのだろうか。深里は敦也の彫りの深い横顔を見つめる。


「……敦也君が一緒だから、怖くない、かも……」


「……え?」


 驚いた敦也は深里の顔を見た。深里の顔は真っ赤に染まっており、敦也はそれにドキリとする。


「深里……?」


 立ち止まった敦也の手を、深里が握る。


「敦也君が、手を繋いでくれたら、怖くない、かも……」


「……うん。分かった……」


 真っ赤な深里がちらりと敦也を見上げると、敦也も目鼻立ちのはっきりした顔を赤く染めていた。

 二人は道が別れるまで、手を繋いで歩いていた。




「え~?それもうイケんじゃない?告白しちゃいなよ~!ってか、実質告ったみたいなもんじゃない?」


 電話口で興奮している晶菜に、今だ心臓の高鳴りが治まらない深里は顔を赤くしたまま答える。


「そうだよね~?これはバレちゃってるよね……え~、でも、告白して振られたら、立ち直れないよ……」


「でもさ、ずっと手を繋いでてくれたんでしょ?敦也君も深里が好きなんじゃない?」


「そうだったら嬉しいけど……」


 深里は手を繋いでいる時の敦也の横顔を思い出した。嫌そうな表情では無かったし、敦也も顔を赤くしていた。もしかしたら……と希望を抱いてしまう。


「明日の肝試しでもっと仲良くなれるって!いいなぁー私も恋したぁーい」


「晶菜はモテるんだから、すぐに彼氏出来そうじゃない」


「好きな人、が欲しいのよ。恋がしたいの」


 晶菜はモテる事は否定をしなかった。これまで何度も告白されてきたが、晶菜は心を動かされず恋人を作った事が無かった。


「じゃ、また明日ね」


「うん。おやすみ」


 二人は通話を終えた。翌日から、長い夏休みが始まる。




 黒穴山は、広い禁足地がある事で地元で有名な山だった。この禁足地の為に、山を越える為の道が大きく迂回する形になってしまっている。

 山を突っ切った道を作る工事を行おうとした事が過去にあったのだが、度重なる不幸によりそれは叶わなかった。

 その工事も何十年も前という事もあり、今の時代の若者達には禁足地の恐ろしさは現実味が無かった。故に、この五人は黒穴山で肝試しを計画してしまったのだった。


「……やっぱ夜は雰囲気あるな……」


「暗いしな。奥の方なんて何も見えないぜ」


「うわ……怖……」


 夜十時、夕介の家に集まった五人は黒穴山の手前まで来ていた。懐中電灯で森の入口を照らしているが、奥の方は闇に包まれ光が届かない。


「よし。じゃぁ行くか。まだ禁足地じゃ無いんだから、ビビってんなよ」


「ビビってねーよ」


 夕介と海斗は森の中にズカズカと入って行った。その後ろを晶菜が追う。


「手、繋ぐ?……まだ早いか」


 敦也が深里に手を差し出した。しかしまだ禁足地に入っていないので、敦也は誤魔化すように笑う。


「お、お願いします!」


 深里は敦也が手を引っ込める前にその手を握り、敦也の顔を見上げた。


「あ、足元歩き辛そうだから。転んだら嫌だし……」


 慌てて言い訳をする深里に、敦也は笑って頷いた。深里は自分の顔が火照っているのがよく分かった。この敦也の顔が好きで、その笑顔が自分だけに向けられているのだから。嬉しさとときめきで胸がいっぱいになる。

 しかし、場所は黒穴山だ。闇が広がる森を見ると、そんな気持ちにすぐに恐怖心が差し込んでくる。

 二人は先を行く三人の後ろ姿を、手を繋ぎ追い掛けた。


 少し歩くと、森の中に幾重にもロープが張り巡らされた場所に出た。ロープの先は闇に溶け、何処まで続いているのか見えない。例え今が昼間だとしても、ロープの先は見えないだろう。それ程に、この禁足地は広い。

 ロープには幾つもの札が貼られていて、この地の禍々しさを表している。札は二種類あるようで、漢字が書かれた札と、見た事の無い文字の札があった。


「……こっから先が、禁足地だ。」


「本当に行くのか?」


 夕介が静かに確認するように言うと、海斗が夕介に確認する。二人は緊張しているような、固い表情をしている。


「どうしてまた、こんな所に来ようと思ったんだ?」


 海斗が質問を重ねると、夕介は半笑いの表情を海斗に向けた。


「兄貴が廃病院に肝試しに行ってきたって自慢してきたんだよ。しかも、お前はビビリだから無理だろって言ってよ。んな事ねえって言ったら、証明しろって……」


「夕介の兄ちゃん、恐いもんなぁ」


「マジそれな。自分で行かなかったら廃病院に置き去りとかされそうだからさ~」


「それすげぇやだ」


 禁足地の前で二人が笑い合っていると、晶菜が懐中電灯の光を二人の顔に向けた。


「うわっ」


「眩しっ!」


 晶菜は光を足元に向け、呆れたような声を出した。


「こんなとこで突っ立って、入らないの?」


「行くって……おい、敦也~!何だよ、見せつけやがって」


 夕介は晶菜の方を振り返ると、後ろに居た敦也と深里を見て揶揄うように笑った。それを見た晶菜と海斗も同様の表情になる。


「……足元歩き辛いから」


「はいはい。そういう事にしといてやるよ」


 照れながら弁解する敦也に、ニヤリと笑いながら海斗が言う。晶菜もニヤニヤと敦也と深里を見ている。

 緊張感の漂っていた空気は少しだけ和らぎ、五人はロープを潜り禁足地に入った。


 歩き辛い道無き道を、転ばないよう滑らないよう踏み締めて歩く。足元を照らす懐中電灯の光は頼りなく、時折足元から周りを照らしてみるも闇に浮かぶ木々が照らされるだけで不気味さを実感するだけだった。

 禁足地に入った時の和らいだ空気は既に無く、不気味さに圧倒され五人は押し黙り歩き続けた。


「ッ何だ!?」


 ガサッという葉を揺らす音に驚いた夕介は、音のした方に懐中電灯を向けた。小さい二つの光が懐中電灯の灯りを反射し、すぐにその光は消えた。


「……タヌキとかか?」


「ビックリさせやがって……」


 夕介はため息をつき、早くなった鼓動を落ち着かせようとした。ふと前方を見ると、またロープが木々に巻き付き広く囲いを作っている。


「……禁足地の出口では無いよな?」


「入口とロープの色が違うな」


「お札も違わない?入口のお札はこんなに赤くなかったよね……?」


 晶菜の言う通り、ロープに貼られたお札は全て赤く染められていた。

 入口では日本語のものと、読めない文字のものと二種類が貼ってあったが、ここのお札は読めない文字のものだけのようだ。


「ここ、怖い……」


 深里が小さく震える声を絞り出した。敦也は深里が震えているのを繋いだ手から感じていた。


「もう、良いだろ?そろそろ帰ろう」


 敦也がそう言うと、他の四人も同じ意見なのを顔を見合わせ確認し頷こうとした。


「カエェルノ?」


 ロープの先の闇からくぐもった女の声がして、五人は固まった。

 後ろを振り返らずに走って逃げなければ。そう頭では分かっているのに、確認せずにはいられなかった。

 五人が振り返ると、ロープの先に白い女が立っていた。しかし、普通の女ではないのが一目で分かった。

 女は大きく、裸だった。長い髪はギトギトと油を含んだように鈍く光り、無造作に前に垂れ乳房を隠している。腕は長く、伸びた爪はひび割れ汚れていた。

 そして一番異様だったのは、下半身だった。臍の下から大きな蜘蛛の腹が生え、大きく長い蜘蛛の脚が八方に広がっている。

 女はギョロリとした目を動けない五人に向けると、薄い唇を開いた。


「カァエルノ……?」


 女はそう言うと、札の貼られたロープに手を掛けた。

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