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薄氷の上で彼女は踊る  作者: 由甫啓


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定離2

 目が覚めて、時間を見る。まだ十九時ほどだ。朝起きて、その後シャワーを浴びて着替えて、そう考えると随分寝た方だなぁと思う。

 それでもまだまだ時間はある。


 お腹はひどく空くが別にいい。見終わるまで、別に要らない。

 なにをして待っていよう。深雪を連れてくるか? まだ、早いと思う。


 まだ、時間はある。ありすぎるくらいに。

 かといってまた寝るには目が冴えてしまった。


 ぐっと胸を張るように肩を後ろに伸ばす。体が強張ってしまって痛む。寝ている間に、いやそれ以前からか、何度も噛み締めていた顎の、耳の下あたりの骨がとにかく痛む。

 そういえば僕というやつは体どころか、心まで欠陥だったんだな。そう考えると、とんだ不良品なのだ僕は。よく子は親を選べないなんて言うけれど、親だって子を選べないのだ。なんと不幸なすれ違いなのだろうね。もし選べて、どうなるのかのシミュレートが出来るものなら選ばれないに違いない。生まれる前からの落伍者だ。


 有史から始まって、生まれるかどうかの可否も選べず、親と子は互いに互いを選ぶことも出来ずここまで存続してきたのだから人間とは存外図太く丈夫なんだろう。


 パソコンを……いや、気が進まない。何もかも、帰ってきてからでいい。


 ああ、そういえば母さんの車の鍵はどこだったろう。確か玄関脇、下駄箱の上にある小皿みたいなものに入れていた気がする。確認しておいた方がいいだろうな。もし無かったら、流石に困ってしまう。


 ああ、そうだ。深雪と居よう。せめて、一緒に居よう。残り少ないのだ。少しでも長くその姿をこの目に収めておきたい。


 廊下に出て、下駄箱の上を見る。自転車の鍵に混じって無造作に置かれている。母の鍵を外套のポケットに落として階段を登る。和室に入って、深雪の傍に座る。


 深雪の髪をゆっくりと撫でる。そうしたら、ごそりと頭皮ごと毛が手に絡まって刮ぎ取れてしまう……。そんなこともない。顔が一面に現れることもない。

 おかしな話だ。なんであんなにも怖がったのだろう。あんなに、会えないことを辛い、悲しい、哀しいなんて思っていざ合間見えれば叫びを上げる。実に不埒じゃないか。


 さらさらとした髪の感触をこの手に刻み込みたい。頬を触った感触も、その手を握った時に感じた思いも。その全てを取り戻したい。そんな気持ちが湧き上がってくる。もう、深雪の体には深雪は居ないのだ。


 魂とか心とか、そんなものの所在はどうでもいい。何処にあっても構わない。少なくとも、僕に笑いかけ、言葉を交わした深雪はこの肉体に宿ってはいないのだから。


 深雪の体をゆっくりと起こす。冷たく凍りついて、ぱきりと割れてしまったら。そんなことを思っていたけど、平気だった。だらりとした上体を抱きしめるように抱えて、両の足に片手を通してお姫様抱っこをする。

 妙にして欲しがったから、運動部の友達に頼んで筋トレをした経験が生きて良かったと思う。生きているうちに出来ていたらどれほどよかっただろう。


 壁に深雪の背を預けて、深雪の下になっていたコートを深雪に着せる。壁と背で引っかかって捲り上がったようになったコートを深雪の下に通して、すっかり忘れていたことに気づいた。

 スカートの中。何も履いていない深雪の股座を、あいつは……。


「触ってくれないんだ」


 煩い。黙れ。


「あいつは何回も、私の中を無理やり動いて」

「黙ってくれ!」


 思わず張り上げた声に、はっとして周りを見る誰もいない。当たり前だ。俯いた深雪は目を閉じて、閉じながらにこちらを見ているような気がした。


 まさか自分のを履かせるわけにもいかない。母のか、買うか……。行きがけに、コンビニで買おう。不審に思われても、別に関係ない。初日の出を見る、その邪魔にならないならなんでもないことだ。


 深雪を背負う。その冷たさが全身にのしかかる。体から熱を吸い上げるような冷たさを一身に感じながら階段を降りる。


 居間の戸を開け放って、ソファーに深雪を座らせるとエアコンを止めて僕もまたその横に座った。なんとなく、そうしたくて横並びに座って。ごっこ遊びみたいで思わず口が歪む。悪趣味なごっこ遊びだ。


 深雪の目元を涙が流れた。結露なんかじゃない、綺麗な涙だ。


「ちゃんと、君と初日の出を見るよ」

 だから、安心して。そう口にしてから、泣きたくなった。


 何も言わず、音もない。徐々に寒くなる部屋の中は外と隔絶したみたいで、世界が終わってしまったみたいで。そうだったらどれほどいいだろうなと思う。


 何もせず、ただ座っていると色んな思考がぐるぐると回るような気がして、努めて何も考えないように。何も思い浮かべないように、と腐心し目を閉じた。そうすると、時間の経過というのが曖昧になっていくようで、自分が寝ているのか起きているのかも分からなくなっていくような気配が感じられた。


 そうして、目を閉じていると、こう何というのかな。世界がぐらぐらと揺れ出すような感覚を覚えて、それが何とも言えず面白い。体調の良し悪しだったりするのかな。ぐらぐらと揺れるような感覚は波に揺られるのに近いのかもしれない。


「綺麗だといいね、初日の出」

 そんな声が聞こえた気がした。深雪ならきっとそう言うんだろうな。それが誰の声でもないと分かっている。


 もう、孤独ではないんだ。結局どう思うかだ。感じるかだ……深雪は傍らにいる。肉体も、その心も僕の内に確かに居るように思えた。思えるというのは大切だ。そうであると思えるこの無責任な幸せに先はないかもしれないが、先なんて別に要らない……。


 そうして意識を断片的に飛ばしていた。

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