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薄氷の上で彼女は踊る  作者: 由甫啓


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定離1

 馬乗りになって締める首はなんというか、もう少し力を入れてしまえば折れてしまうんじゃないかな。細い首だ。滑らかで、冷たく指先がこのままずぶずぶと沈み込んでしまうほど柔らかに感じる。

 ぎゅうっと力を入れる僕を、碌に抵抗もせずに目を見開き口角から泡のようなものを出しながら唯々深雪は見つめてくる。


 なんだよ、そんなに見て。もう要らないんだ。何も要らない。夢だって幻だって要らないんだ。深雪は僕と居る。この心の中とか、そういうんじゃなくて。そういう与太話みたいな陳腐な話は好きじゃないんだ。

 分からないかな。分からないんだろうな。僕の深雪は、何時だって居て欲しい時には居てくれるんだ。


 びくんびくんと、体が跳ねるのは電気信号が体内を発作的に駆け巡っているんだろうな。このままだと死んでしまうぞ! なんて喚き散らして体内を狂ったように跳ね回っているんだ。


 深雪が居ないのに平然と回る世界なんてどうかしていると思っていたんだ。深雪が死んだその時からどうかしていたんだ。狂ってしまっていたんだ。

 だから、深雪が失われて損なわれたように思い込んでしまっていた。


 いつの間にか、この深雪——いや、擬き——はすっかり動かなくなっていた。白目がぐりんと回って、口元から泡と涎が垂れてなんとも汚らしい。こんなのが深雪だなどと思っていたなんて本当にどうかしていた。幻にしたって、微塵でも思うなんて馬鹿げていた。まったくもってあり得ない事だ。


 僕の深雪はもう何処にも居ないのだ!


 ごろんと転がった深雪もどきをそのままに、パソコンの前に戻り書きかけの文章に目を通し、保存する。


 さあ、約束だ。約束を果たさなくては。日の出を見たいという深雪の願いを叶えるのだ。あんなに見たいと言っていたから、きっと喜んでくれるだろうな。

 最初から取るつもりではあったけど、免許を取りに行く前から行きたがっていた。なんというかロマンチストなのだ。初日の出なんて、と思わないこともないけど一年に一回しか見れないのだからきっと価値あるものだろう。深雪と二人きりで見るそれはきっと格別に違いない。


 改めて、文書作成ソフトを立ち上げ新規の文書をこさえる。名前は、どうしたものだろう。遺書、両親に向けて……。ううん、いや紙で書こうか。母親の車が置かれていたし、深雪を乗せたらその後、こっそりと深山家のポストに投函してやればいい。


 善は急げと、転がってぴくりともしない擬きを跨いで、自分の部屋に行く。便箋なんて持っていないし、何処にしまっているのかなんて知らないからルーズリーフでいいか。なんとも締まらないが、まあらしいだろう。


 数枚のルーズリーフとペンを片手に戻ると、居間から擬きの死体が消えていた。ほうら、やっぱり偽物なのだ。深雪はいつだって一緒に居てくれるのだ。居なくなったりしない。

 あの沢山の顔は、然るにちゃんと信じろよという意思表示だったのだな。ああやって、いつでも僕の傍で見てくれているのだ。


 擬きの転がっていたところに座って、ルーズリーフを広げる。

 とはいえ、言いたいことというのもそうあるわけではない。初日の出を深雪と見たら、もう十分なのだ。深雪を然るべき場所。家族の元へ届けて、後は瑣末なことだ。あの男がまた姿を現さない限り、それもまあどうでもいい……。


『深雪は死んでしまいました。

 いきなり、そう書かれても困るでしょう。困惑するでしょう。なんで、会って口にしないんだと思うことでしょう。

 無事戻り次第、説明するつもりです。

 どんな恐ろしい事があったのか、そういった悍ましい事態に深雪巻き込まれたのかと心配かと思います。

 死んだから安心せよ、なんていうのは違うでしょう。

 押し並べて一切を戻りましたら口に致します。

 万が一に、僕が戻らなかった場合に、その際は警察へと連絡頂けないでしょうか。

 僕のことはどうでもいいのです。深雪のことだけが、心配なのです。

 その体を綺麗なままに』


 違う。そうじゃないな。くしゃりと、ルーズリーフをぐちゃぐちゃと丸めてゴミ箱に放り込む。

『もっと簡潔でいい。翌日、一月一日に深雪を連れて戻ります。何があったのか説明します。どれほど心配したか押しはかることもできませんが、今暫くお待ちください。』


 まあ、こんなのでいいだろう。あと両親に、パソコンに書き殴ったことの発端というか、僕の心内がある旨を書いておけば、これでいいだろう。


 ああ、しまった。日の出は何時に見れるのだろう?

 辺りを見回して、炬燵布団などぱたぱたとやりながらスマホを探す。足で蹴ってしまったのか炬燵の中、真反対の位置に転がっている。足を伸ばして引き寄せて、スマホを手にする。


 スマホを点けると、時間が現在七時程であることが分かった。

 他には友達から来年どっか遊びに行こうぜ、だとか、そういった幾つかの通知があるだけだ。それらの通知を消して、初日の出の時間を調べる。大体六時から七時くらいなのか。とすれば、家を五時、いや四時ほどに出れば余裕を以って着けそうだ。

 あの山はここから車で一時間と掛からなかった気がする。問題ない。問題ないが、随分と時間が余ってしまっている。家を出て、その間に男が入り込んだらと思うと離れるわけにはいかないと思えてしまう。


 続きを書こうか? いや、下手に弄るより今のままの方が生々しい気がする。多く書き足すなら戻った後でいい。

 戻れるかは分からない。なんとなく、戻れないのではないかという予兆がある。


 和室に戻って、服を取り出すと冷たくて凍っているんじゃないかと思うほどだった。とはいえ窓を閉めたから、幾分か冷え込みは少ない気がする。

 深雪が居る部屋で着替えるのはなんとなく気が咎めたから居間着替えようと衣服を手に和室を出る。寝入るような深雪に待っててとぼそりと声を掛け、僕は階段を降りた。


 居間で手早く着替えようとして、あまりに冷たいからエアコンの前に置くとシャワーを浴びて体を清めた。深雪と出かけるのだ。誰が気にしなくても、綺麗にしておきたかった。


 汗を熱湯で流して、居間へ戻り多少マシになった衣服に袖を通す。起きたら直ぐに家から出れるようにと、放ったままにしていたコートにも手を通してスマホでアラームを掛ける。起きるなら二時ほどでいいか。最低限、その時間に起きれればいい。そんなに寝るとは思えないけど。起きたら深雪を連れてきて、居間で待っていよう。二人で。その前に暖房は消しておいた方がいいか。


 そんなことを思いながら、台所でまた同じ薬と水を飲み込んだ。そうして、ソファーに座り込むとコートを抱きしめるように腕を組んで僕は寝入るように目を瞑った。

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