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薄氷の上で彼女は踊る  作者: 由甫啓


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彫心3

 戸を後ろ手に閉め、僕を見下ろす深雪は鼻で笑うような笑みを、嘲笑……いや、憐憫だろうか。

 ははぁ、なるほどな。どうにも、深雪のことを考えて悩んで遂に深雪の写し身のようなものを作り上げたんだな。僕の頭というやつは熱に浮かされて幻覚を披露してくれているんだ。こういうのをなんといったっけ。昼間に……ああ、白昼夢だ。幻覚なんていうのは夢とさして変わるまい。起きながらにして夢を見ているんだ。

 起きながらに夢を彷徨っているんだな。醒めない夢を、見ているんだ。


 でなければ、おかしい。道理に反するというものだ。確かに冷たく、ぴくりとも動かなかったんだから。この世界にそんな奇跡なんて有りはしないのだ。あるのなら、そもそもこんな凶行など起こり得るはずがないわけだから。

 死んでまた蘇るなんて傲慢にも程があるんじゃないか。そんなことが許されるのはキリスト様ぐらいなものだよ。だとしたら僕は裏切り者のユダみたいなものだろうか。


 僕はこの世を去った深雪を生み出して、これは見ようによっては死体に鞭打つようなものじゃないか? なんて悍ましいんだろう。正常な、マトモな人間ぶってみたって夜中に死体を運ぶイカレで、その翌日にはけろりとしてるんだから普通じゃないのは明白だ。今更マトモだのなんだのと、結局自分のことばかり考えているんだ。自分のために偶像を生み出すなんてのは追い詰められた人間としたら上等じゃないか。


 掛ける言葉なんてない。自分の妄想に違いないのだ。自分の創造の産物に涙ながらに頭を下げ乞い縋り、涙するなんて異常者の極みだろう。それをしないのは取るに足らないプライドのようなものがストッパーになっているのかな。


「なあに、そんなじっと見て」

 前屈みになり、僕の顔を覗き込む。

 ほうら、やっぱりおかしいのだ。格好を見ろよ、制服だぜ。着ている服が全然違うじゃないか。死んで、生き返って家に帰って着替えてきたって馬鹿馬鹿しいにもほどがあるよ。


「あー分かった! 疑ってるんでしょ。ほら足だってあるよ。私の体ってば透けてるかい? 透けてないよ。あと、なんだろ。招かれてないのに入れてるーは違うか。んん? 私の遺体を持ってきたというのは家に招いたことになるのかな?」


 声も、容姿も、所作もなにもかもが深雪であると僕の全てが肯定してくる。否定するのはどうにも、理性的で不合理なこの頭だけみたいだ。


「なんで返事をしてくれないの? おーい聞いてよー」


 ほら見ろ。正体を表してきたぞ。深雪の姿をした何かだ。返事をしたら途端に何かが起こるんだ。なんと言ったか、ヨモツ何某とかいう一口でも食べ物を口にしたら戻って来れなくなる、民話めいた話があったはずだ。


「まったく、人が喋ってる時に考えに没頭するのは良くない癖だよ」


 そう言いながら深雪擬きが炬燵に入ってくる。


「不満かい? せっかく会いにきたのに」


 酷い妄想だ。深雪を玩具にしている。


「うーん。そんなに信じられないなら二階に行ってくればいいじゃん。君が、何を疑っているのか知らないけどさ」


 偽物の、深雪の幻に過ぎないくせに尤もなことを言う。確かに上に行って深雪の顔を見てくれば一発で分かることだ。にこにこと笑顔を浮かべるこの深雪が何を考えているのか分からないが、少なくとも死体でないということは明かせる。


 もし、死体が無くて今横にいるこれが、この女こそが深雪であって何某かの理由で蘇生に成功していたのだとしたら? 僕がシャワーを浴びている最中に凍えながら自分の家に帰り、着替えて戻ってきたのだとしたら? 父親とは入れ違いになっていて、何があったか家族で話して、僕がとんだ大嘘つきで危うく深雪を殺すとこだったかもしれない。そんなことを聞いて、知って、今まさに内心で怒りを覚えながら家族が何処かで見ているのかもしれないぞ。

 だとしたら、僕は深雪から何を言われるのだろうか。深雪は僕に何をするのだろう。喧嘩の延長線のような会話? それとも怒りをぶつけるだろうか。復讐を手伝えなんて口にするのだろうか……。

 成程、制服に着替えてきたというのが僕に対する当てつけなのかもしれないわけだ。


 考えすぎだ。考えすぎに決まっている。


 だとしても、言わなきゃいけないことがある。妄想であれば意味がないだけで、もし何かしらの理由から蘇生して、僕の前に立っているのだとしたら。


「ごめん。僕がもっと一緒に居れば」

「そんなことよりさ」

 僕の言葉を遮って、深雪はパソコンを指差す。「書きなよ。私のこと、君のこと」そう口にして、優しげに微笑んだ。

 向き合わないと。そう考えてはいたし、身近な死を受け入れないと生きていけないのだとも思っていた。生きていくかどうかは知らないが、受け止めるのは生者の責任というやつだろう。


 こんな形で向き合うとは夢にも思わなかった。これが向き合うということなのなら。どうせ、長くはないだろうな。死んだままなら、いづれ警察がここに来るのだろうから。十中八九そう長くはないのだ。

 向き合い、受け入れるということはこの出来事の終わり方を探すことになるんだろう。きっと沢山周りを困惑させて傷つける。ここに深雪を連れてきた時点でもう決まっていることだ。それは息を吹き返していても同じことだ。僕は深山家全員を裏切っている。


 霊魂だとかそういうものがあって、目の前の深雪がそういうものであるならば、この対話が僕に何かしらの解を与えてくれるかもしれない。

 自分の妄想であったとしても、幽霊と妄想の違いなんか分かりはしないのだから、考えるだけ無駄なのだと僕は深雪を見返した。


 黒く綺麗な眼だった。どこまでも、黒い瞳に映る僕は死人のような顔で僕を見返していた。

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