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薄氷の上で彼女は踊る  作者: 由甫啓


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彫心2

 二階の、和室の方を見上げる。

 そもそも別れとはなんだろうね。普通死に別れたら葬儀の準備だったり、とにかく多くの雑事と同時に向き合わなきゃいけなくて、そうこうしている内に死体は焼却されて何も残らない。悲しむ暇もないというのは良いことなんだろうな。惜しみ続けてしまえば、別れどきを失って腐敗してぐずぐずになってしまうのだ。体も心も根腐れてしまうのだ。


 何か食べようと思うけど食欲はない。せめてと台所で水道水を飲む。冬の時期の水道水は冷たく、普段より綺麗な気がして好んでいたけど、体調が悪いからだろうな。美味しいと思えなかった。

 そういえばと、台所の食器棚の上に手を伸ばす。薬の入った箱を手に取り中を見る。風邪薬は無いが、痛み止めはある。あと、なんだろう頓服かな。あまり見かけない錠剤がある。

 まあ、いいか。痛み止めと頓服と思しき薬を嚥下する。少し、マシになればいい。同時に、これが事由となって体に変調を来たして死んでしまえればいいのにと思う。


 居間に戻り、外套を脇に寄せてスマホを取り出す。寒さのせいかバッテリーが殆ど残ってないのを確認して充電器に繋ぐ。

 炬燵とソファーの間に体を入れて炬燵を引き寄せる。背もたれにしたソファーに首を預ける。丁度、この上のあたりに深雪が寝ているはずだ。起きて欲しい。有り得ない話だ。起き上がってお別れを口にしたい。僕のために起き上がって欲しい。


 調子は良いと思う。何度か知らないが確かに熱はあるんだろうな。それでも、昨日に比べて心は晴れやかと言っていいほど落ち着いてる。未練も後悔も何もかも胸にあるのに、もう消化する準備が出来たんだとしたら、随分と冷たい人間なんだろうな僕は。


 深雪が居たら何と言うだろう。きっと怒るだろうな。ちゃんと薬飲んで寝ろって叱りつけるんだ。その後になって、僕が復調してやっと深雪を連れてきたことを怒る気がする。自分が死んだことで自傷するのは止めろって言うのだろうな。私は気にしないから新しい人を見つけろと口にするだろうな。まだ、高校生なんだ。来年卒業で……そんな歳なんて関係ないんだよと、僕は言い返したかった。深雪が居れば、何度だって言葉を交わして。そうじゃないと、心の中を占める蟠りのような不快感は消えないのだろう。


 炬燵の天板に置きっぱになったノートパソコンを立ち上げる。

 自分の心を、深雪に対する思いを、忘れたくない。死を受け入れて、向き合って、思い出になんてしたくない。思い出なんていつか消えてしまう。消えてしまう前に、気持ちの全部を書き出すべきなのだと思う。


 そうやって、書き出して、気持ちを綴っていけば僕はどうなりたいのかを、深雪をどうしたいのかが分かる気がする。


 いつも使っている、文書作成ソフトで新規のテキストを作る。


 名前。いつも僕は名前を付けるのが苦手で、書き終わってやっと付けるべきだという気持ちがあるんだよな。物語のプロットをどんなに組んでも、途中で変わればその姿に相応しい名前を改めて付けるべきなのだ。

 だから、これの名前を付けるのは僕が深雪とちゃんと向き合えた時だ。仮に、辛くて悲しくて涙が出てくるような悔しさに駆られて首を括ったとしても、その時まで相応しい名前なんかありはしないのだと思う。


 自分のこと。と仮に名付けて、書き始める。深雪のこと、何もなかった日常で何を感じていたのか、深雪はどんな子だったのかを、この苦しみを、辛さを、克明に胸に焼き付けるだけじゃ足りない叫びを書き殴っていく。


 随分と集中していたみたいでスマホのバイブに肩が上がる。


『熱だって? 何か要るものがあったら言ってね。あとご飯持って行こうか?』深雪の母は、僕がどんなに悍ましいか知らないんだ。実の娘を拐った虫螻以下の存在だと知ったらなんというんだろう。僕は、自分の心だけを守ろうとしてる。守りながらに傷つけようとしてる。

 僕の苦しみなんて、深山家を覆う辛さに比べればちっぽけなものに違いないのだ。


 大丈夫です。移すといけないので、とそんなようなことを送る。何か分かったら連絡します。力になれずすみませんとも。


 とんだ二枚舌だ。

 下劣な人間だ。深雪が好きだと言ってくれた僕なんてのは所詮こんな男なんだ。そう考えると、今の有様を見せずに済んだだけマシなのかもしれないね。何が、マシだ。何もマシなことなんてないのにね。言葉が軽快に出てくるのだ。心が凍りついて冷え切って、躊躇いとかそういうのが無くなったのかもしれないな。


 卑下するような言葉も、自分に全くと刺さらない。酷いことをしてしまったなあ。そんな感傷にもならない言葉だけが胸に浮かぶだけだ。


 僕という人間はロクでなしなんだ。きっと深雪が楔のようなもので、これまでの人生で共にあった半身を失ったようなものだから、人であることを保てないのかもしれない。

 言葉を連ねて自分を保持しようと必死なのだ。生きるために生命維持のために言い訳と理屈と感情を一緒くたにして煮込んで、そこから出来る煮凝りのようなものが僕の心なのだ。


 カタカタと打ち続ける。自分ことを。深雪のことを、思いつくままに。徒然とした日々でさえ、書き綴るのだ。そうすれば——


 カチャリ、と音がした。戸の開く音だ。

 鍵を掛け忘れただろうか? 掛け忘れたとして、誰だ? 深雪の両親? それとも、深雪を手に掛けて穢したあの男……。


 閉めた戸をじっと見て、待つ。弱った体で反抗出来る気はしなかったが、噛み付くぐらいしてやろう。せめてそれぐらいは。そう考えて身を潜めるように、姿勢を変える。


 歩く音が近づいて、迷うことなく居間の前へ来た。

 息を静かに吐き、ゆっくりと動く戸をじっと見据える。


「こんな時に書いてるんだ。私は死んじゃったのにね」

 そう口にして、深雪は微笑んだ。

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