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聖女さまは運動音痴〜なのになぜかイケメン生徒会長に追い回されています〜

作者: 野木ノゾミ

【7日連続】短編投稿予定です!

第2弾はこちら↓↓↓

「ロレンス・グリーンウッド嬢。貴女との婚約は破棄させてもらう!」


 学園中の生徒たちの衆目の前で、ラザロ第3王子は言い放った。


「婚約破棄って……ラザロ様のためにここまで身を尽くしてきた私を、捨てるとおっしゃるのですか?」


 状況が飲み込めないロレンスに、ラザロ第3王子は冷たく言うのだった。


「私は、本当の愛を見つけたのだ。真実の、ロマンスを! 私はこの乙女、カレン・ラブクラフト嬢のことを、愛しているのだから」


 いや、それは……私含め全員知ってることじゃないですか。


 王子とカレン嬢が、婚約相手である私を差し置いて、ただならぬ関係にあることなんて。

 それを知ってなお、私は両家のためを思い、王子を立て、穏やかに暮らしてきたというのに……。


「……それが、ラザロ様の答え……なのですね」


「そうだ! その暗い顔がいけ好かんのだ。今後は王家を笠に着た言動は慎むよう」


 なんだ、それ。


「もう、いいです」


 去っていくロレンスの後ろ姿を、ラザロとカレン嬢は見送りもしなかった。



☆ ☆



 私、ロレンス・グリーンウッドのこれまでについて、少しだけ知ってほしい。


 私は、いわゆる「転生者」だ。


 日本の一般家庭に生まれて、両親からは人並みにちゃんと愛を受けて育った。小学校、中学校、高校、大学……在学中のスクールカーストはいつでも「中の下」が関の山。クラス内で言えば、カッコイイ男子たちとは近づくことも制限されるような、いわゆる2軍女子だった。


 学校で常に言われ続けたのは、「花ちゃん、運動神経ワルすぎだよね! なんか、常に鈍臭いっていうか」。


 それでも真面目ではあったからちゃんと勉強もしたし、就職もなんとか上手くいった。そこまではよかったのだけれど……。


 入った会社はメチャメチャなブラック企業で、上司からの圧力を自分への期待の裏返しなのだと愚かにも勘違いして昼夜を問わず職場に働き尽くした結果……倒れた。「ばたん」。

 それ以降の記憶はないので、きっとそこで過労死でもしたのでしょう。


 なんだか他人事みたいな言い方になってしまったけど、許してほしい。


 私は前世のことは忘れて、乙女ゲームRPGのようなこの世界に、見事に転生を果たしたのですから!



 この世界で再び目を覚ました時、私はすでに伯爵令嬢ロレンス・グリーンウッドで、ベルモール王国のラザロ第3王子と婚約した身だった。


グリーンウッド家は王国内でもかなり有力な伯爵家なので、私とラザロ第3王子の結婚は、私たちの生まれる前から決まっていたことだったらしい。

 私は生まれた時からロレンス・グリーンウッド嬢ではないけれど、彼女の生涯や自意識は、すべて私の中で自分のこととして受け継がれていた。


 前世で常にクラスの主導権を握る1軍女子にコンプレックスを抱き、まるで王子様みたいに見えた1軍男子に憧れを寄せていた私にとって、この世界は夢見たいな場所だった。しかもロレンスは、王子と婚約している伯爵令嬢だし。

 

 王子に婚約破棄された今の私にとっては、もう過去の話なんですけれどね……。



 でも……。


「やっっっったああああああ!」


 端正な王都建築群越しにどこまでも広がる青い空に向かって、ロレンスは叫んだ。


「つまらない淑女教育、無駄ルールばかりの階級社会、そしてあの愛のない王子との生活……。全部もう、気にしなくていいんだ!!」


 これからは、自分の気持ちを隠す必要もない。

 爽やかな気持ちで、ロレンスは決意する。


「浮気王子のことは忘れて、前世でできなかった1軍男子の推し活に勤しむんだ……!」



☆ ☆



 学園の廊下を歩く自分を見る視線が、明らかにこれまでとは変わっていることを、ロレンスは痛いほど感じた。


「浮気され、婚約破棄された、哀れな女」


 学園中のみんなが、そう思っているのだ。


「……あッ! いっててて……」


 考え事をしながら歩いていたロレンスは、何の起伏もない廊下で盛大に転んでしまった。

 以前までなら必ず誰かが手を差し伸べてくれたものだが、今のロレンスに近寄ってくる人はいなかった。


 それどころか、どこからともなく陰口が聞こえてくる。


「前から思ってたけど、あの子、運動神経悪すぎじゃね?」

「わかる。極度の運動音痴、ウンチだよウンチ」

「ウンチ〜!? マリア嬢下品すぎぃ!」

「キャキャキャ!」


 声の主は、1軍女子たちだろう。

 転生してからこれまで、私は人から「運動音痴」だなど、言われたことはなかった。


 でもそれは、私が転生して運動能力が向上したからなんかじゃない。

 貴族の地位が、婚約者の立場が、それを隠していただけだったのだ。


「私って、本当はこの世界でもやっぱり、ノロマだったんだよね……」



☆ ☆



 誰からも注目されなくなったロレンスは、イキイキとしていた。


(貴族令息様たちを、陰ながらウォッチングして癒されたい……陰ながらでいいです……)


 そう思って校内をフラついていたロレンスは、いきなり生徒から止められた。


「お前、ロレンス・グリーンウッド嬢だな? ちょっと一緒に生徒会室まで来てもらおう」


(えっ……!?!?)


 ロレンスはひどく混乱した。だってそう声をかけてきたのは、この学園の生徒会長を務める超美男子、メテル・リチャード公爵令息だったのだから。


 すらりと伸びた背、丁寧に撫でつけられた金髪が陽光に輝いている。

 威厳と決意に満ちた黒い二つの瞳に見つめられて恋に落ちない令嬢はいないだろう。


(なにコレ……いきなり、出会いイベントですか……!?)


 生徒会室へと向かうロレンスの足取りは、言うまでもなく羽のように軽かった。



 生徒会室にはロレンスと、机を挟んで向かい合ったメテル生徒会長のふたりきり。


「生徒会長様が、私にどのようなご用事でしょうか……?」


 メテルは前髪を指先で整えてから、言うのだった。


「今ここで、一人で舞踏をしろ」


 は???


 それはロレンスにとって、最悪の宣告だった。


 なぜなら数ある授業の中でも、舞踏の演習はロレンスにとって最も恥ずべきものだったからだ。

 ロレンスの絶望的な運動神経では、踊っているというより、虫がのたうち回っているようになってしまう。

 それは私が一番、わかってる……。だからこそ、嫌なのに……。


「……生徒会長が令嬢にこんな場所で恥をかかせるなんて、最低ですね」


 ロレンスはそう言い放って、ロレンスを睨みつけながら、踊ってやった。

 どうだ、ひどいものだろ! これで、満足か。


 ……。


「ふーん」


 真剣な表情を作っていた生徒会長の真面目な顔が……、


「……ふふ」


ロレンスの舞踊(?)によってやわららかく溶けてゆく。


「あっはは」


 え??


 ロレンスはメテルの感情を読み取れない。なんかすごく素敵に微笑んでいらっしゃるけれど、どういう意図……?


「……かわいい」


 え、生徒会長、いま、「かわいい」って言いました……?


「あ、いや、申し訳ない。本音が漏れ出てしまった」


「……馬鹿に、しているワケでは?」


「そんなわけないじゃないか! 小動物みたいで、なんか……」


 いつも威厳に満ちた生徒会長が、なんかモジモジして照れていらっしゃる様子。

 コレはどう言う風の吹き回しだろうか。


「私は運動音痴がコンプレックスなのに、笑わないでくださいよ……」

 そうロレンスが言うと、メテルは真剣な顔になる。


「ロレンスが一部の者から陰口を叩かれていることは、私も知っている。私はロレンスを笑う者のことが、許せないのだ」


 は、はあ。



 生徒会室でのやりとりがあってからというもの……。


(なんか生徒会長様が……まとわりついてくるんですけど……)


 ロレンスが学内のどこに行くにも、メテル生徒会長様がついてくる……。


 あの子、なんでいつも生徒会長を引き連れて歩いているの?

 どういう、関係?


 すれ違う生徒全員から、そんな素朴な疑問の声が聞こえてきそうだが、ロレンスも同感である。


「あっ!」


 まっさらな廊下で転びそうになるロレンスを、メテル生徒会長が両手で支える。

 ロレンスはあの日、生徒会室でメテルに言われたことを思い出す。


「だから今後は、できる限り私とともに行動してもらう。もしロレンスを笑う不届き者がいたならば、私がその場で切り捨てよう」


「話が急に進みすぎでは……でも、生徒会長さまにお守りいただけるのならば、これほど心強いことはございません」


 本当に、何が起きているのでしょう。



☆ ☆



「来週、学内の決闘大会があるんだ。ロレンスも知っているか?」

「もちろんです」


 一年に一回広場で開かれるイベントで、学園中の腕自慢が力を競う大会。

 使用されるのは訓練刀だが、一太刀浴びれば大怪我に至る可能性もある、危険な試合だ。


「もし予定が空いていたら、私の試合を見に来てはくれないか?」


 決闘大会といえば、前世でいうところの体育祭、マラソン大会のようなものだ。男子生徒が女子生徒に「いいところ」を見せるには格好の舞台。


(私に、かっこいい決闘姿を見せるために……?)


 そう思うと、ロレンスはドキドキしないわけにはいかなかった。


「会場で、近くにいてくれるだけでいいんだけど……」


 生徒会長様にそこまで言われて、断る理由なんてないでしょう。


「私でよければ、メテル様の一番近くで、応援させていただきます」



☆ ☆



 そして決闘大会、当日。


 会場である屋外の広場にやってきたロレンスは思わず「えっ」と声が漏れた。

 制服をいつもよりぴしっと纏ったメテルに対峙しているのは、あの忌まわしい男だったのだ。


「メテル様が闘わないといけない相手って、ラザロ様だったの!?」


 そう、ロレンスに一方的に婚約破棄を宣告し、カレン・ラブクラフト嬢と熱愛中の、あのラザロ第3王子だ。


「公爵家のお前が、私に楯突く気か?」


「ここは決闘の場ですよ、ラザロ王子。しかも学園内では、身分の差はないはずです」


「ふん、捻り潰してやろう」

「よろしく、どうぞ」


 すると、王子陣営の人々がざわつき始める。


「愛するラザロ様……! ここから応援していますわ!」

「おお、カレンよ!」


 恋人の姿を見つけたラザロ王子は、瞳に炎が宿っている。すごい気迫だ。


「剣士メテルよ。お前がそうして一人ぼっちでいる間に、ここで潰させてもらう」

「望むところだ、剣士ラザロよ」


 そうして始まった第三王子と生徒会長の対決は、教師たちも驚くほどの互角で熾烈な試合となっていた。


 メテルが一太刀迫れば、ラザロも返す刀で応戦する。

 いつしか観客たちからは大きな歓声が上がっていた。


 しかし、その時。


ーーシュッ。


 どこからともなく、メテルの足元に小さな火魔法が放たれた。

 それ自体は、大した火力ではない。しかし、問題はそれによって一瞬、メテルのバランスが崩れたことだった。

 ラザロはずっとこの瞬間を狙っていたかのように、この一瞬を見逃さなかった。


ーーカサッ。


 ラザロの剣がメテルの右肩を掠めた。


「だ、誰がこんなことを! 反則じゃないですか!」


 自分でも驚いたが、ロレンスは思わず叫んでいた。

 メテルは右肩を押さえている。


「久しぶりだなあ、愚図女が! どうしてお前がこの男の応援をしているのかは知らんが、目障りだなあ」


「尻軽女ね、本当に」


 ラザロ王子の言葉に反応して、カレン嬢もロレンスに向かって吐き捨てた。


「とりあえずこの生意気な生徒会長にトドメを刺してやろう」


 狂気的な笑みを顔面に貼り付けて、ラザロが弱ったメテルに迫った時ーー。


「やめてっ!!」


 ロレンスは観衆の群れを飛び出し、メテルの元へと駆け寄っていた。


「ロレンス……」


 しかし、その時。



ーードガガッ。



 ロレンスは盛大にコケた。


「ヒドいザマ!! 愚かな女ね!」


 カレン嬢に続いて、蔑みの渦がロレンスを包み込んでいく。


(ああ、やっぱり私はいつでも、足手まといなんだ)


 この瞬間ほど、前世も含めた自分の運動音痴ぶりを、呪ったことはない。


 ああ、恥ずかしい……。


「あーはっはっは」

 空気を変えたのは、そんな大笑いの声。


 ロレンスが顔を上げると、頬を赤くして笑っていたのは、メテルだった。


 メテルはそのままの微笑みでロレンスの元へと歩いてくると、優しく引き寄せ、抱きしめた。


「ありがとう、ロレンス。大丈夫かい?」

「はい……」


 手を取り合ったまま、メテルは明るく言うのだった。


「私にも、守るべきものがあるみたいだ」


 すると不思議なことに、ロレンスの体から突如浮き出た白いオーラが、手を伝って、メテルの体へと流れていく。


 メテルは驚きつつ、嬉しそうな様子でロレンスに告げる。


「まさかこんなところで、聖効力が発動するとはな、聖女ロレンス」


「せいじょ?」


「まあ、詳しい話は後だ。その力、しかと受け取らせていただいた」


 そう言って再びラザロと向き合ったメテルは、これまでとは別人だった。

 巨大な白いオーラがメテルの剣先にまとわりつき、強烈なエネルギーを放っている。


 本当にこれは、訓練刀ですか?

誰しもが、そう思ったはずだ。


 そして聖効力を纏ったメテルの剣が、ラザロ王子の訓練刀を打ち砕いた。


「ラザロ第3王子、いや、魔剣士ラザロよ。あなたも気づいていたんだろう、ロレンス・グリーンウッドが聖女の資質を備えていることに。しかしその力は、魔剣士の利用する魔効力とは水と油。いずれロレンスの力が邪魔になるとでも思ったか。それが、婚約破棄の理由だな?」


「……聖剣士メテル……覚えておけよ」


 敗れたラザロは、口惜しそうに睨み返すのが精一杯だった。



☆ ☆



「バタバタッ。どてっ……」


 私は今日も、生徒会室で踊らされている。


「全然上手くならない……」


「あはは」


「もう、笑ってばっかじゃなくて、ちゃんと教えてくださいよ」


「ゴメンゴメン。でも、やっぱ可愛くてさ」


「そう言えば許されると思ってますよね? 絶対」


 前世からの極度の運動音痴は、どうやら治ることはないらしい。


 だけど。


「ロレンスを見ていると、力が湧いてくる。それはロレンスが聖女だろうが、聖女ではなかろうが、同じだよ」


 生徒会長と一緒なら、そんな自分もちょっとは好きに、なれました。

お読みいただきありがとうございました!

「面白かった!」

「ロレンス可愛いかも」

「運動下手も立派な個性」

などなど思っていただけましたら、投稿の励みになりますので評価、ブックマークよろしくお願いいたします!

明日も新作を公開予定です。

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