竜の目
そして、平穏な日々が過ぎていった。
あの衝突の日から、もう三ヶ月ほどが経った。そして、二人の嫁がいよいよ臨月を迎え、俺にとっては落ち着かない日々の到来でもあった。
「あの後でキュベレは、防衛戦に参加した全ての竜を個別に訪れて、謝意を示して回ったそうだ。」ある日、タローがそう報告してきた。現地に留まる竜族から聞いたらしい。
俺は、ちょっと驚いた。「大型種の竜は、数百頭いたんだぞ! 挨拶して回るだけでも、えらく時間が掛かったろう。あの女神も、律儀なものだな。」
「いや、時間はかかっていない。つまり数百頭の竜の前に、同時に現れたのだ。しかもそれぞれの竜と会話したという、相手によって話す内容を変えていたらしい。」
えっ? 俺は呆れた。「つまり、何百ものキュベレが、同時にそれぞれの竜の前に現れて、個別に礼を言ったってことか?」
「そうらしい。」
そんな事もできたのか、キュベレ。超種族、恐るべしだな。
「そして、あの場所に留まった竜たちだがな、」
何だ? まだ続きがあるのか?
「孤高を好み、群れ集うのを嫌う奴らが、だな、」
それがどうした?
「新しい伴侶を見つけて、大いに睦み合ったとか。」
何と! それは驚きだ。
「周囲には魔素が充満して、竜たちはかなりの躁状態にあったらしい。多幸症と言うべきかもしれない。今では、あの窪地の周囲で、多くの竜の雌が卵を産んで、多くの番がそれを温める姿が見られるのだ。」
考えてみれば、数を減らしてこの星の各地に散らばっていた成熟した竜たちが、一堂に会したのだ。大規模な見合い会場のようなものだ。
やがて滅ぶ運命を受け入れ、命を繋いでいた彼らが、濃い魔素に浮かれて生きる喜びに目覚めたのだとしたら、それはそれで結構な事じゃないか。
そもそも生き物は、交わり殖えることを喜びとするものだ。
しかも、いつもは遺伝子的に交流のない、遠く離れた場所から集まった竜たちが、あの窪地で結ばれて子孫を残したのだ。生まれてくる子供たちは、遺伝子の多様化が進んで、種全体の強靭さに繋がったことは否めないことだろう。
皮肉なものだ。
俺たちに魔素をもらって生き延びた竜族、これを嫌って小惑星を差し向けた超種族、そしてその爪痕の窪地が、新たな竜族の揺りかごになる、か。
これで、絶滅が時間の問題に思えた大型竜種、白竜族と黒竜族にも、未来が開けたのかもしれない。
「タロー、あの場所の魔素は、どのくらい濃度を維持できるんだ?」
「竜族に聞いたところでは、ここ三ヶ月で魔素が減衰する気配はない。少なくとも数年は続くだろうし、数十年かも知れん。」
そうか、それでも竜には一瞬かも知れないな。できれば百年単位で、魔素の濃度は維持して欲しいものだ。
あと一ヶ月もすれば、あの窪地では空前のベビーラッシュが訪れる。あの場所が、この星の新たな竜の巣になるのだ。
もし、魔素が減衰するようなら、なけなしの大型探査ボットの残りの一機を提供して、あの窪地の真ん中で、思いっ切り融合炉のプラズマ温度を下げて、最大限の魔素を生成放出してみるのも一興だな。
俺は、そんなことを考えていた。




