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その3 地球へ

「そして、ついでに、この船も修理してくれたわけだな。」これも興味を抑えられない表情で、ジャンも横から口を出した。「どうしてそんなに俺たちに親切なのか、聞いてもいいだろうか?」


「あら、あなた達がジローの仲間だからよ。ジローの働きもあって、私の権限が拡張されたの。だから、恒星圏外にいたこの船にも、手を伸ばす事ができたのだわ。この船をジローにいる星に運んであげようと思うの。」


この言葉に食いついたのはオルだった。「じゃあ、この船を私たちの母星に戻すことも、貴女にならできるのかしら?」


「残念ながら、それは無理。あなた達の母星は、ここから銀河の渦状腕を二つ渡った先だもの、私の拡張された権限でも遠すぎる。」


「行けないわけじゃないのよ、私にはその宙域まで影響を及ぼす権限が与えられていないの。自力で帰ってもらうしかないわね。」キュベレは、ここで悪戯っぽい笑顔を見せた。


「でも、船は直してあげたわよ。あんな事故は、滅多に起きるわけじゃなし、学術調査を続ければいいじゃない。母星に帰るにしても、ジローの住む星の文明を調べてからにしてはどうかしら?」


女神の言葉を受けて、五人のクルーはそのまま協議を始めた。

コーヒーを味わいながら、女神はそれを楽し気に見つめていた。


◇ ◇ ◇


クルー五人での相談も、どうやらまとまったようだ。やがて、リーダーのラダが代表して女神に話しかける。


「確かに、貴女の言うとおりだ。母星に戻るにも、いささか時間が過ぎてしまった。どうせこの船は行方不明扱いだろう。我々はジローの住む星の文明を調査してから、母星に戻ることにしたい。」


「そう言うと思ったわ。好奇心あってこその人類だもの。」

キュベレは、改めて提案してきた。「この船の性能では、ジローの星まで亜光速に落としてもここから二年以上かかるわね。私なら、すぐに運んであげられるけど、どうかしら。」


「どうやって?」の疑問を、オルは飲み込んだ。

だが、「第三惑星まで行く途中で、観測はできませんか?」そう発言したのはコリーンだ。「太陽圏境界面(ヘリオポーズ)で、ここの恒星風を観察してみたいのです。」


彼女も物理学者だ。この機会を逃したくないのだろう。思わず、同じ物理学系のオルも頷いていた。めったにない機会だ、私もこの眼で見てみたい。


「いいわ、ではそこで一度止まりましょう。あそこから見下ろす荷電粒子の渦は、それは見事なものよ。」

女神はAIに呼びかけた。「ゾラック、操船を私に任せてもらいますよ。」


女神がそう言うと、操縦室の壁をぐるりと取り囲むスクリーンに、これまでとは異なる画像が映し出される。

「今、重力圏の端から0.8光年降りたところよ。この辺りが、恒星風が星間物質と交わり始める境界面。ここからは、恒星から吹き寄せるプラズマが強くなり始めるわ。」


一瞬で、もうそんなに移動した? どうすれば、そんな事ができる? 皆の唖然とした顔を面白そうに眺めると、キュベレは全周スクリーンを、また切り替えた。


「あなた達の視覚に合わせて、電流と磁場を可視化してあげたわ。」スクリーンには、今や大きくうねる渦が表示されていた。中心で白く燃える恒星の回転に伴って、その渦が画面いっぱいに巨大に波打つ螺旋状に広がっている。


あまりにも荘厳で、驚くほど美しく、そして恐ろしい。オルは、涙を流している自分に気がついた。この光景を間近に見られるのは、宇宙物理学者としての冥利みょうりきると言うものだ。


「恒星の本質を、私は見ている。」隣から、シモーヌらしい言葉が聞こえてきた。ここの恒星は、私たちの星よりかなり若いのだ。伴う惑星もまた若く荒々しいのだろう。ジーが生身で惑星に降りることを諦めたのが、実感できる気がした。


クルーの皆の沈黙を破って、キュベレが言う。「この恒星を(めぐ)る一番遠い惑星軌道まで、移動してあげましょう。その先は、この船の速度でも十分ね。ジローの惑星まで、数十日で到着するのでしょう。ゾラック、操船をお返しします。」

「了解しました。」AIの声が応じた。


「この恒星系の惑星を観察しながら、ゆっくりと降りていらっしゃい。第三惑星の周回軌道に乗せたら、私がジローと繋いであげましょう。」


「もちろん、生身では接触できないわよ。そんな事をすれば、あなた達はジローの微生物群マイクロバイオームに汚染されて、すぐに医療ポッドに入る羽目になる。」女神は、また面白そうに微笑んだ。


「じゃあ、行くわね。また周回軌道で会いましょう。」

そう言ってから、思い出したように付け加えた。「そうそう、ジロー達は最近になって、自分たちの星の呼び方を決めたの。惑星の名前は地球テラ、覚えておいてね。」


キュベレの姿は、操縦室ブリッジから掻き消えた。

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