その2 目覚めたクルー
「コーヒーをいただきたいわ。」
言葉が通じるのね! オルの心の中では、湧き上がる好奇心が、恐怖心をどうにか抑え込んだ。その女神に着席を勧めると、レーション機械からコーヒーを二つのカップに注いで、その一つを女神の座る椅子の前のテーブルに置く。
「どうやって、船内に入ったのですか?」
「あら、ここに実体化しただけ。私たちは多くの次元に展開しているの。好きな時空間に存在できるのよ。」
オルの驚愕した顔を見たのだろう。女神は穏やかな声でオルに語りかけた。「危害を加えることはありません。貴女もお座りなさいな。」
オルを上から下まで眺めて、「その服、機能的ね。私もそれにします。」そう言った女神は、オーラを消すと次の瞬間にはオルとまったく同じに見える制服を着て、椅子に座っていた。長かった髪の毛も、オルと同じに短くなった。
「先ほどまでの姿は、ジローの、いいえここではジーでしたね、彼の女神のイメージを借りたものなのです。彼の前ではあの格好でしたが、こちらの方が動きやすそうね。」
「ジーをご存知なのですね。」
「そう、もう長い付き合いになったわね。」
◇ ◇ ◇
しばらくすると、目覚めた残りのクルー四人が、どやどやと操縦室に入ってきた。先頭は、この探査船クルーのリーダーを任されているラダ。浅黒い肌に黒髪碧眼の彼は、数学と経済論が専攻だ。
その後ろには、黄色い肌に黒髪で黒目のジャン、彼は構造化学とAIチップ設計の専門家だった。そして白い肌に金髪碧眼でひときわ背の高い女性コリーンは、宇宙論と理論物理学の専攻。最後に白い肌で赤茶色の髪に薄緑色の目を持つシモーヌ、彼女の専門は思想論だった。
この船の制服を着て、しかし見知らぬ人物を相手に一緒にコーヒーを飲みながら何やら話していたオルを見て、四人は入り口で立ちすくんでいた。
オルが立ち上がって、四人に声を掛けた。「あら、皆さん起きたわね。とりあえず座ってちょうだい。今からキュベレが、これまでの経緯を入力してくれるそうよ。」
見知らぬ美しい女性が、ふわりと立ち上がった。
「まずは、情報の共有化を行いましょう。簡単にまとめて、皆さんの頭脳に記憶として植えつけます。楽になさい。」
オルを含めて五人の頭の中に、画像や音や言葉、味や匂いや触覚までの奔流がいきなりなだれ込んできた。十分ほどが過ぎただろうか。「はい、お終いね。」女神の声で、皆は我に返った。
五人は呆然としていた。
新たな記憶が、頭の中にある。この船が事故にあい、当直だったオルとジーで惑星探査を開始したところから、ジーが有望な星を見つけて現地人類の姿でその星に降り立ったこと。そしてオルが目的地で呼び戻されたこと。
そして、ジーが出会った人族、魔族と獣人、そして竜と魔人と魔法!?
最初に口を開いたのは、リーダーのラダだった。
「これは驚いた。あなたのような高度に進化した種族が、この恒星系を管理しているとは。ここを選んだジーは、幸運だったということだ。」
続いて話したのは、オルだった。
「ジーは『生き物で一杯の幸せな星だ』と言って、私を呼び戻したの。そうか、嫁を三人も持って子沢山とは、あいつもやるわね。」
「ねえ、キュベレ。私がここでジーと別れてから、ジーにとってはどのくらいの時間が過ぎたのかしら?」オルは、少しキュベレと打ち解けてきたようだ。
「彼が惑星に降りてからの実活動時間は、五十年くらいです。そのほかに、ここから亜光速で太陽圏に降りるまでに、スリープ状態で九年ほどを過ごしました。」
「そして、三連星に到着した貴女の亜空間通信に応えて、ジローが呼び戻したのは、今からちょうど二年前です。」
「えっ、そんなはずはないわ。跳躍機関は故障していたのよ。連続ジャンプが不完全な状態だったから、二百光年を二年で渡れたとは思えない。」
「そうね、確かにあのままだったら、あと数十年を要したでしょう。超空間にいるこの船を、私が浮上させてここまで運んできたのです。探すのに、少しだけ手間取りましたよ。」
「ならば理解できます。私は、計算結果と異なる宙域の現状を、把握できませんでした。」と、これはゾラックの合成音声だ。どうやら女神は、このAIにも情報を与えたらしい。
超空間に存在していたこの船を、見つけて浮上させたって? どうしたら、そんな事ができるのだろう。
物理学者のオルとしては、また強い好奇心を覚えざるを得なかった。
(続く)




