その1 虚空の訪問者
遠くから、音と光が呼びかけてくる。
目覚めを感じたオルは、徐々に浮かびあがる記憶の断片を繋ぎ合わせはじめる。
スリープポッドの蓋が半透明になり、これから開くところだ。
白い肌に栗色の短い髪。オルは茶色の目を開くと、ポッドの中に横たえていた上半身をゆっくりと起き上がらせた。
同時に、彼女のポッドだけに、天井から柔らかな光が落ちてきた。
「お目覚めは如何ですか? オル。」部屋の中に、疑似音声が流れる。声の主は、この船のAIだ。
「良好よ、ゾラック。」
ポッドの中なので、AIにはオルのバイタルが常時に把握できている。彼女の体調は既に計測済みだが、これはまあ社交辞令のようなものだ。
「目覚めたということは、ジーを降ろした恒星系に戻ってきたということよね。」これは、オルが自分に言い聞かせる独り言だ。
この船の跳躍機関は、思わぬ事故に遭遇して本来の機能を発揮できなくなってしまった。同じ銀河系とは言え、もう母星には戻れない。難破したからには生き延びるために、この周辺で生存可能な惑星を探す必要があったのだ。
ジーをこの恒星系の調査に向かわせ、オルは二百光年ほど離れた三連星系に向かうことにした。そして、到着したところでジーに呼び戻された。
損傷を抱えたこの船の能力では、ここに戻ってくるまで長い時間が流れたはずだった。
恒星の重力圏を感知して、跳躍航法は打消されたはずだ。ここからは、亜光速に切り替えて恒星の重力井戸を降りて行くことになる。
「着いたのね、船に変わりはない?」何気ないオルの問い掛けに、ゾラックからは意外な言葉が返ってきた。
「船内に、説明不可能な事象が複数存在しています。その経過は把握できませんが、現状は認識できています。」
「えっ!?」オルはこの返答に驚いたが、次の瞬間に物理学者としての鋭利な思考を取り戻した。「複数ある事象を、優先順位を設定して説明しなさい。」
「判りました、一つ目はこれです。」AIの乾いた声が続けた。
室内の全てのポッドに、天井から光が投げかけられた。オルのポッドに並ぶ、残る四つのポッドの蓋が、ゆっくりと開かれつつあった。
「どうして? ゾラック。まだ、全員を起こす必要はないわ。」
「オル、これは私ではないのです。外部から操作されており、そこには明らかにドクターの、つまりジーの特徴が、判り易く言えば癖と言うべきものを感じます。」
「ジーが操作して、皆を起こしたと言いたいの?」
「或いは、彼の知識を持った何者かが、と言うべきでしょう。」
「私が先に目が覚めたのは、どうして?」
「重力圏を感知して、貴女を起こしたのは私です。」
「そのあとで、何者かがほかの四人を起こしたってことね。」
「はい、四人のクルーは貴女より深層睡眠の期間が長かったので、完全に目覚めるまでにもう30分ほど必要です。」
ゾラックは続ける。「二つ目の事象ですが、この船の跳躍機関が、たった今 完全に修復されました。
重力工学と宇宙船の推進機構が専門のオルにしてみれば、これはとんでもない出来事だった。彼女は、驚きと共に知的好奇心がムズムズと湧いてくるのを抑えきれない。
「生き物係のジーに、そんな真似ができるはずがない。ナノマシンによる自動修復もできないほど溶けて壊れたあの燃料供給系統を、誰がどうやって直したのかしら?」
「それについては、三つ目の事象と関連していると思われます。この船の操縦室に、人間型の存在を感知しています。女性の外観が感知できますが、呼吸はしておらず、体温もありません。」
オルが不敵に微笑んだ。「ふーん、張本人が来ているわけか。好意の第三者ってことよね。」
「その解釈を是認します。我々の文明を大きく超えた種族、或いはそれが送った存在と思われ、その悪意は否定的です。」
「面白いわ! 未知との遭遇じゃない!」オルは、急いでポッドから出ると、クルーに支給された乗員服を手早く身につけた。
「ゾラック、皆が起きたら操縦室に集まるように伝えなさい。」彼女は、そう言い残すとスリープ室から走り出た。
深層スリープから目覚めて間もないので、体が重い。息を切らして走り、オルが操縦室へのドアを開けると、
そこには輝くオーラを放ち、腰に帯を巻いた貫頭衣のような簡素な衣服の、美しい女性の姿をした何かが立っていた。
「長い純白の髪に金色の瞳、まるで女神だわ!」オルは、そう思った。
その存在が、オルを見て言葉を発した。
「私をキュベレと呼びなさい。それと、」女神は周囲をグルリと見渡して、
「ここには、コーヒーはないのかしら。あったらいただきたいわ。」
にっこりと笑ってみせた。
(続く)




