魔人の力3
そこへ、またタローの指示が飛ぶ。
「よーし、よくやった! これから最後の隕石を落とす。竜族は障壁を解除して、直ちに退避せよ! 落下地点から離れたら、再び障壁の用意だ。」
竜たちは、一斉に飛び上がると最大速度で放射状に周囲に散っていく。タローの計算では、この隕石の落下によって形成されるクレーターは、直径3kmほどになるという。
しばらくして、直径5kmほどの円陣を組んで竜族の退避が完了すると、タローは最後の指示をした。「スルビウト、落としてくれ。」
赤黒い岩塊は、ゆっくりと降下を始める。徐々に表面は赤く輝いてきた。魔人はまだ完全に時空魔法を解いてはいない。恐らく停止から停滞に切り替えたのだ。
岩塊はゆっくりと地面に接した。
「よいか、離すぞよ。」スルビウトの言葉と共に、たちまち岩塊は赤熱した。取り巻く時間が戻されたのだ。
そして、火球はそのままズブズブと地面を押し分けて沈んでいく。地面は、たちまちのうちに沸騰した。
そうだよな。時間が止まっていただけで、慣性質量は失われていないのだ。岩塊の膨大な質量とともに、落下の加速度も戻ったから、衝突地点は今や極限の圧縮状態だ。
衝撃波が広がり、爆心地点からはキノコ雲が高く上がった。巻き上がる土壌は蒸発し、木々は燃え、そして吹き上がる岩石も摩擦熱によって燃えながら、周囲に落下を始めた。
幸いにしてこの地域の地殻は厚い、そしてマグマは上昇していない場所なので、火山の噴火を誘発する恐れはない。
それでも、爆心点だけは、新たな火山が噴火したかのような有様だ。タローは、これを取り囲む竜族に命じて、これをとりかこむように物理障壁を展開させ、噴出物の拡散を抑え込んでいた。
◇ ◇ ◇
隕石の落下から一時間ほどして、暗かった空に明るさが戻ってきた。
巻き上げられた土砂や岩石のうち、比較的大きなものは再び地面に降りたのだ。タローの計算通り、爆心地には直径3kmほどのクレーターが出現している。その周辺では森林が火災を起こしていたが、これは竜たちが水属性魔法を駆使して消し止めつつあった。
クレーターの内部は溶岩が煮えたぎり、衝突エネルギーの凄まじさを物語っていた。地面が押し広げられ、直径3kmの円周に高さが数百mの縁が形成されている。
ここは熱帯雨林だ。降雨量は極めて多いから、この縁の浸食は比較的早いかもしれない。或いは、今は煮えたぎるこのクレーターは、将来は水を湛えて、円形の湖が誕生するのかもしれなかった。
超種族がこの星に残した爪痕も、そのうちにこの星の一部となって、また生き物たちを育むのだろう。上空から見ていた俺は、そんな事を考えていた。
◇ ◇ ◇
さあて、撤収だ。
タローは、ボットを通じて大型竜種に感謝を述べ、解散を指示した。
だが、竜たちは動かない。ボットを通じて聞いたところでは、今このクレーターの周囲は魔素が充満しているのだそうな。隕石衝突の副産物だった。
その魔素を浴びる快感に、大型竜種は酔いしれているのだとか。
タローが貸し与えた大型、或いは中型の探査ボットが生成していた魔素は、彼らが生きていくための必要最低限の量だった。
今から数万年ほど前には当たり前だったこの濃厚に魔素を浴びる感覚が、今を生きる竜たちには新鮮な驚きらしかった。
タローは、そんな竜たちをその場に置いておくことにしたそうだ。
ここの竜たちが元いた場所に戻るときに、またボットを差し向ければ済むことだしな。
それに、この場所で思うさま魔素を浴びる喜びは、今回の決死の最終防衛戦に志願した竜たちへの、ご褒美のようなものだ。
三隻の魔動機は、既に魔王国への帰路にある。この船も、戻るとしよう。
そろそろ魔王国では、夕暮れが迫る時刻だ。そう言えば、朝飯を食べたきりで腹が減っていることに、今ようやく俺は気がついた。
俺とタローは、煮えたぎるクレーターの周囲に群がる竜たちをそのままにして、大きな安堵と共に魔王国を目指して搭載艇を飛ばしたのだった。




