防衛戦1
いよいよ衝突の日が来た。
宮殿の大食堂に用意された朝食を、皆で静かにいただく。しかし、出撃前の張りつめた空気を打ち破る喜びの声が、大広間に響いたではないか。
「おお、朝から卵料理か! 嬉しいのう!」魔人スルビウトが、配られた料理の皿を見てはしゃいでいた。
待てぬとばかり、さっそく匙を取ると、料理をすくってパクリと口に入れる。うっとりとした顔をした。
「こんな旨いものを、これで食べ納めにするわけにはいかん! 皆の者、必ず勝って戻り、また卵を食おうぞよ!」緊張感がないにもほどがあるな、この魔人。俺は呆れて見ていた。
だが、ワハハと笑い声をあげたのは魔王様だ。
「魔人様には、この卵料理が殊の外お気に召したご様子。これは、ギランの手柄ですな。」
魔王様の相変わらずの豪傑ぶりも、流石ですね。俺なんか胃が痛いです。あっ、だから消化の良い卵料理なのかしら?
王妃様が続ける。「この料理は、ギランの婚約者 人族のマサエが作ったのです。ジロー以外に、この城に人族を迎えるのも初めてなら、人族の料理を食するのも初めて。それを魔人様に喜んでいただけるとは、記念すべき素晴らしい一日の始まりと申せましょう。」
うーん、王妃様も余裕たっぷりだ。
なんでも、タダシの姉 つまりギランの婚約者のマサエは、結婚して住むことになる魔族の里に慣れるため、単身で魔王国に渡り花嫁修業中なのだとか。いくらギランに惚れたとは言っても、なかなかできることではないぞ。それを王妃様が、可愛がっているらしい。
そのギランは、今日は第二防衛ラインの要として、これから俺たちと出撃するのだ。この若い二人の為にも、俺たちは頑張らねばならない。
気を取り直した俺は、卵料理を口に運んだ。その味わいは、緊張で縮んだ俺の胃の腑に、優しく染み渡った。
◇ ◇ ◇
宮殿前の広場から出発だ。
搭載艇に乗るのは俺だけだ。もちろんタローがいるけどね。
ウィルの魔人号には、スルビウトとハル、サホロ号にはクレアとカレンとホム爺、そしてキラ家の船にはギランとホムが乗り組むことになっている。三隻の魔動機は、タローが遠隔操縦もできるのだが、今回はホムンクルスが操縦して自力航行させる。タローは、小惑星への対処で忙しいからな。
ウィルは、自慢の魔人号から降ろされて不満たらたらだ。スルビウトから「魔力が小さいお主が乗っておっても、邪魔になるばかりじゃ。」と言われて、しょげている。無駄に危険にさらしたくない親心なんだぞ、多分な。
カレンは、どうしてもクレアと一緒に出撃するのだと、俺の話を聞かない。カレンが傍にいて欲しいとクレアが言うので、俺は認めざるを得なかったのだ。この二人は確かに親友で、一緒に育った心の友だからな。だが二人とも、俺のせいで身重の体だ。そろそろお腹も目立ってきた。十分に注意するんだぞ。
◇ ◇ ◇
魔王様と王妃様、そして二人の皇子が、俺たちを見送ってくれる。
「魔人様が出張ると言うに、この私がお役に立てぬとは、もどかしいことじゃ。」魔王様が溜息を吐いた。
「なんの! そなたの娘クレアも、そしてギランにも大役を任せておる。そして儂がおるのじゃから、安心して見ておれ。お主らは、勝利の英雄を迎える準備でもしておるが良い。」魔人は、昨日から妙に張り切っているな。
それにしても何なのだ、魔王様も王妃様も、今一つ切迫感がない。
今日で、この星はお終いになるかも知れない。いや、俺たちが持ちこたえられなければ、確実に終わる。タローの用意した、嫌になるほど精巧な動画を見たでしょうよ。
「魔族にすれば、魔人は神様のような存在だ。その神様が動くのだ、必ず望みを叶えてくれると考えているのではないか。」俺の頭の中の、タローの見解だ。
「底抜けに信頼しているってことか。敵は五次元に展開する超生物だぞ、そもそも俺たちには捉えどころのない存在だ。」
「スルビウトは時空魔法の達人と自称していた。ある程度は時間に干渉できるようだから、期待していいのではないか。」
「だからスルビウト婆様は、楽天的なのか?」
「覚えているか? 出会ったばかりの時とは違って、お前が魔素を浴びせてからのスルビウトは、驚くほど積極的だ。それまでは魔素の枯渇で死を待つ運命だったが、おそらく今は魔素に満ち足りて、全能感に浸っているのだ。」
言われてみれば、あの魔人はこの件では悲観論を言ったことがない。常に元気いっぱい、やる気満々だ。
自分の魔力に余程の自信があるのか? 確かに俺たちは、魔人のことを知らなさすぎる。だったら、すごい魔法を見せてもらおうじゃないか。
俺の横では、ギランがマサエを抱きしめていた。何か囁きあっているが、中身は聞かずとも知れると言うものだ。それにしてもギランめ、こんなに情熱的な奴だったンだな。
俺が船に乗り込むと、皆も続いて各々(おのおの)の船に歩き始めた。
操縦席につくと、俺はタローに出発を告げる。
船はふわりと浮き上がり、上昇を始めた。地上に残した三隻の魔動機が動き出したのが、上空から見て取れた。
(続く)




