その4 戦いの終わり
「まあまあ、カレン。少し頭を冷やしなさい。」そう言って、苦笑いを浮かべながら近づいてきたのは、俺の第二夫人クレアだ。
透き通るような白い肌、くっきりした目鼻立ちのクールな美貌、流れる黒髪を分けて小さく突き出た薄桃色の角、流れるようなローブをまとったその姿は、この血なまぐさい戦場にはいかにも不釣り合いに見えた。
あれだけの大魔法を連発しておいて、平然として見せる。流石に魔王国の皇女の貫録だ。だけど、カレンの安全を一番喜んでいるのは、おそらくお前だよね。
「そんな血で汚れた体で抱きついては、旦那様に嫌われますよ。」と、カレンをたしなめる。
カレンが、慌てて俺から身を離した。
「今夜の旦那様は、お譲りします。だから、少し落ち着きなさい。」クレアが、重ねてカレンを諫めた。
◇ ◇ ◇
気がつけば、周囲は静まり返っていた。動いているのは、ウォーゼルとビボウ、クレアとカレンと俺だけだ。
「終わったな。皆、無事で何よりだ。」上空のボットから、そして俺の頭の中でタローの声がした。
「そうだ、カレン。護衛の騎士はどうした?」
「殺到する群竜に、あっという間に飲み込まれた。恐らくそのまま、食い殺されたことだろう。」カレンは悔しそうに唇をかんだ。
「私たちは、商人の乗った馬車を守るのが、精一杯でした。」スルスルと、とぐろを巻いたビボウは、そう言って焚火と馬車の方向を見つめた。
ちょうどその馬車からは、命拾いをした商人たちが恐る恐る降りてくるところだ。
「騎士たちの死体が、あったぞ。」やがてタローのボットが、戦場で探していた物を見つけてくれた。
これは群竜に食い殺されたのだ。腹を裂かれて、臓物を引きずり出され、肉も噛みちぎられて、ところどころ骨が露出した凄惨な死骸が二つ、死んで折り重なる竜たちに交じって残されていた。
よし、後始末に取り掛かるぞ。
まずは馬車の商人たちの安全を確認した。皆は馬車に隠れて無事でいてくれた。
商人たちは、口々に俺たちに感謝した。礼を言うなら、あの死んだ騎士たちに言ってくれ。自らを犠牲にして、お前たちから敵を遠ざけたのだからな。
次は怪我人の治療だ。
ビボウは、いたるところウロコがはげ落ちて、胴体には血が滲んでいた。
「なーに、たいした傷ではない。」ウォーゼルは、そう言ってビボウを急かして、近くに流れる川に入って行った。まずは血糊で汚れた体を洗うようだ。
次いで、ウォーゼルは治癒魔法で妻の傷を癒し始めた。
かいがいしく妻を労わるウォーゼル。魔法による治療ならば俺の方が上手だが、ここは俺の出る幕ではないな。
さて、血だらけのカレンを寝かせると、俺とクレアで体を洗ってやることにした。
軽甲冑を外し裸にして、魔法で生成した水を温めたら、黒い縞模様が入った黄金色の毛皮から血糊と汗を洗い流していく。
所々に傷があって痛々しいが、それでも月明かりに輝く毛皮をまとった裸身が、いつもながらに美しかった。
長く均整が取れた逞しい手足、引き締まった腹から適度に張り出した腰、そして力強く豊かな太腿。カレンの体は、相変わらず圧倒的な造形美を誇っている。
二度の出産を済ませ三児の母となった今でも、カレンは俺が出会った頃と変わらない。これは、彼女の獣人族の遺伝子と日々の鍛錬の賜物なのだ。
打ち身、擦り傷、切り傷が、あちこちに無数にあった。
そして左肩の咬傷は、重大だった。透過魔法でスキャンすると、竜の牙が食い込んで肩の骨まで届き、砕けている部分もある。この傷を負って戦っていたのか! タフな獣人族には、毎度驚かされるな。
噛まれた傷は、歯に付着した雑菌が体内に押し込められることで、受傷後の感染頻度が高まって厄介だ。俺は魔法で生成した水で入念に傷を洗い、解毒魔法をかけてから、傷の修復魔法を駆使した。もちろん闇属性だ。魔族の眷属たる獣人族には、光属性より闇属性の波動が馴染むのだ。
一方でクレアは、闇属性の治療魔法で、体のあちこちの小さな傷に対処していく。クレアの治療魔法は、俺に劣らず優秀だ。だが、カレンの大きな怪我は、俺が治してやりたい。愛する俺の嫁だからな。(続く)




