その3 宙に浮いた卵
「クレア、有難う。お陰で割れずに済んだわ。」サナエがクレアに礼を言っている。だがクレアは腑に落ちない表情だ。サナエは、クレアが何かの魔法を使ったと思っているのだろう。
今のは何の魔法だ? 風魔法ではない、まるで時間が伸びたような不思議な落ち方をした。
すると、スルビウトが俺に近づいてきて、意味深な笑顔を向けた。「お主の嫁は、もう一段の境地を得るぞ。あとで話をさせておくれ。」そう言って、台所を出て行く。
クレアを見ると、皆に急かされてまた料理に没頭し始めようだ。俺は、あわてて魔人を追って台所を出た。
そこへ、「宴を始めるぞ!」ウィルの親父から開始の合図だ。ぞろぞろと客が広間に移動を始める。魔人をつかまえて話をするのは後にするか。俺は、会場係に案内されて席についた。
魔王国からは、キラ侯爵夫妻、そしてギランの姿も見える。キラのオヤジは、外務担当も兼務らしいな。魔王国も人手不足だ。
里長のウィルが開催の辞を述べたあとで、招待客として魔王国からはキラ侯爵、人族では俺にも祝辞の順番が回ってきた。苦手なんですよね、こういうの。
最後に、魔人スルビウトが挨拶をした。目の輝きを弱めて威圧を抑え、魔族を加護する立場からの慈しみを込めた名演説に、会場は大いに沸いた。上手いものだ、流石に長い間生きてきただけあるな、この魔人。
そのまま宴会は延々と続き、主役の一皿の卵料理に皆は大いに喜んで、ギランが乞われて壇上で群竜牧場の苦労話を語らされる始末だ。
まあ、皆で今この時を楽しもう。危機を嘆いたところで、状況が好転するものでもない。
◇ ◇ ◇
ようやく宴は散会となった。俺も酒を飲んで酔いが回ったが、なあに帰りのサホロ号を動かしてくれるのはタローなのだ。
里に戻る俺たちに、スルビウトが話をしたいと言ってきて、俺と三人の嫁そして魔人が、サホロ号に集まった。
さあて、なんの話だ? 魔人は俺たちをグルリと見渡すと、ニッと笑った。
「元始、女性は実に太陽であった。赤子を宿し、乳を与え、育む女性は、生命力の根源を司るものであ~る。」
「男共よりも位が高いのじゃぞ。覚えておけ。」俺を見て言う。
ノってるな魔人。少し酒が過ぎたんじゃねーの?
「魔法においても然~り。賢者の境地に達した女性には、更にもう一段の境地が準備されてお~る。すなわち、これが時空魔法であ~る!」
魔人よ、何が言いたいの?
三人の嫁も、わけが分からない様子だが、いやクレアだけは顔を上げてスルビウトを凝視していた。そうか、これはクレアのことなのだな。
「クレアよ、このところ魔力が揺らぐであろう。」
「はい、確かに。」
「境地に近づいた証拠じゃ、そのうち静まるから心配は要らぬ。」
「はい。」
「先ほどの、卵を受け止めた力を何と見る?」
「無意識に引き留めましたが、何の属性を使ったのやら、自分でも判らないのでございます。」
「あれは、停滞と呼ばれる時空魔法の発現じゃ。対象物周辺の時間を遅くする。もちろん、重さや勢いに影響されるがのう。そして、技を極めれば、対象物をその場に留め置くこともできるぞよ。」
ふーん、慣性質量は無視できないか。それでも時間を操作できるなんて、
「儂ら魔人の中でも、賢者に至るものは多くはなかった。そして賢者は、女も男も至ることのできる境地じゃが、その中で僅かな女性だけが更に高みに昇る事ができる。そのような女性は大賢者とか聖母と呼ばれて、魔人の里を率いていたものじゃわい。」
「儂も、三番目の子を孕んだ時に、その境地に達した。そして長寿を得て、その後はずっとあの里を治めておったのじゃ。」
えっ、スルビウトは女性だったのね。歳のせいで性別不明だったけど、俺の嫁たちは分かっていたのかしらん。
「クレアよ、お前は時空魔法に目覚めた。これから、私のところに通っておいで。お前は魔力が大きいから、教え甲斐がありそうじゃ。儂の知る限りの、時空魔法の技法を授けてやろう。」
魔人は笑顔だった。「誰にも継承できずに、儂も終わるのかと考えておった。この歳になって、お前のような弟子ができるとは、嬉しいことじゃ。」




