・・・ ウルト族の星
ジローの星が属する渦状腕から6500光年あまり離れて、より規模の大きな渦状腕が伸びていた。その腕の生存可能圏に浮かぶやや小さな白色の恒星、その第四惑星がウルト族の母星だった。
緑濃い大小の大陸を浮かべて、全球に大きな割合を占める青い海。とある絶海の孤島に、極めて簡素な政庁舎が置かれていた。
長老ウルト・ゴールと二人の従属種が、明確な人間型の依代に宿って寛ぎ、談笑を交わしている。
五次元展開を果たした種族と言えど、このような親密な場では三次元の姿を取るのが、彼らの礼儀だった。
開け放った窓から、穏やかに吹き込む風が心地よい。
「相変わらず、素晴らしい生態系を維持しておられることだ。」
「この無作為な世界の麗しさ、機械力に依存して忙し気な評議会筆頭種族とやらには、この風雅が理解できますまい。」従属種の一人が、この惑星の環境を賛美する。
この星は、手付かずの自然を保っていた。太古の昔にこの星に発生したウルト族も、今では純粋な精神文明を突き詰めることで五次元展開を果たし、その個体数は極めて少なく管理されている。もう誰も生まれることはないし、死ぬこともない。
肉体に依存しなくなった彼らは、この星の開発をやめ、始祖が築いた巨大都市を土に還元してしまった。母星を自然に還す決断をしたのだ。
彼らにも、肉体を備えて物質文明を謳歌した時代があった。そして、自らが生み出した超AIとの熾烈な戦争を、辛うじて凌いだ反省がある。今では、この星は原始の惑星に立ち戻っている。そして、これこそがウルト族の目指した世界なのだった。
宇宙はあるがままに。
機械文明を排し、他からの意志ある介入を拒むことが、かつてこの宇宙を創成した神の種族の意志に繋がる。それが彼らの信条であり教義なのだ。
◇ ◇ ◇
「機械に頼る若者たちを責めるな。彼らは確かに有能だ、評議会を任せてもよい程にはな。そして歴史の浅い種族の常として、我々古き者を理解しきれぬ。彼らには、大いに働いてもらおうではないか。」苦笑まじりにウルト・ゴールは言葉を吐いた。
「主上よ、改めてこの度の我らへの弁護、感謝いたします。」
「稚拙な振る舞いを、どうかお許しください。」遜りながらも、その従属種は少し得意そうだ。宗主の不満を、身を呈して評議会に突き付けたとの自負がある。
「ふん、自ら手を下すとは愚かな! しかも、地震によって群竜の氾濫を仕掛けるなど、見え透いておろう。」ウルト・ゴールの怒りも、少々わざとらしい。
「我らに比べて、今回の主上のお手際には畏敬の念を覚えます。見事に管理者を退け、且つ抹殺対象には回避不可能な鉄槌を用意されましたな。」
「機械を用いる者共には、虫で付け入る隙があった。キュベレの時間軸を圧縮封鎖して、短時間だが管轄星系に関われぬようにした。そして間の悪いことには、初期化するに十分な質量と速度を持つ小惑星が、あの星に接近するのだ。」
「偶然とは恐ろしいものです。」従属種の二人は、顔を見合わせて含み笑いをした。
「抹殺対象の船には、重力子砲が装備されております。接近すれば、奴らの悪足搔きもありましょうな。」
「それほどの出力ではない。撃たれても、また軌道を変えてやれば済むことよ。但し、不自然ではない程度に観察しながら行う必要があろうな。」
「出向かれるのですか? 主上よ。どうか我々にお命じ下さい。」
「お前たちは、立ち入りを禁じられたのだ。ここは任せておくがよい。」
ウルト・ゴールの口調には、静かな怒りが含まれていた。「評議会に警告したのだ、二度目の時空震は許さぬと。こうなれば、抹殺対象とその子孫共々、そして竜族も魔人とやらも含めて、あの星を初期化するしかあるまい。」
「淀みなく見通せる時間軸が、戻って参りますな。」二人の従属種は、満足気に頷いた。




