その5 女神、隔離される
「また、やってくれたわね。」現れるなり、キュベレはそう言った。
「竜族の時より大きな時空震。そして、まだ未来が閉じるのが見えない。これは、並列宇宙に分岐するくらいの、大きな規模になるかもしれない。」
「もう、会うこともないと思うていたぞ、キュベレよ。」
「私もよ、スルビウト。ひっそりとこの時空から消えるはずだったのに、ジローのお陰でまたこの星の未来に関わる存在になったみたいね。」
キュベレは部屋を見渡すと、空いている椅子に腰を下ろした。すかさずハルがハーブティを持ってきて、女神に差し出す。
「あら、有難う。」暖かな飲み物を口にして、女神は何かを待っているようだ。
「まだ、未来が閉じない。どうしたのかしら?」キュベレは、どこか遠いところを見るような仕草をしている。
また、時空震を起こしてしまったらしいな、俺。
「悪いことをしましたか?」女神に聞いてみる。
「いいえ、前にも言ったわね。良い・悪いではないの。未来が変わるだけ。だけど、どうして未来が閉じないのかしら?」
「未来が閉じるとは?」
「時空震が起きても、やがてこれからの出来事が決まって、私たち種族には時間軸の彼方が見通せるようになるはずなの。それがまだ確定しないってことは、外部から干渉を受けている可能性があるのよね。」
キュベレは、俺に目を向けた。「ジローのお陰で、この時間軸で二度目よ。奴らを刺激したかもしれない。だとすれば厄介だわ。」
「奴ら、と言うのは?」
「宇宙の積極的な管理を否定し、見通せる未来こそが神の意志だと唱える原理主義者たち。私たちのような上位種族による加護や、時空震に至るイレギュラーを許さない勢力。私たち評議会の中でも、考え方の異なる勢力が存在するのよ。少数派だけれど最古参の、頭の固い種族ね。」
ふーん、人類を見守ると言ったキュベレの仲間の中にも、意見の相違があるんだ。
「こんなに未来が見えないなんて、何かをしてこなけりゃいいんだけど。」キュベレは明らかに狼狽していた。こんな女神の姿を見るのは、初めてだ。
キュベレの種族は、五次元に展開していると言う。つまり、今ここの三次元空間に姿を見せながらも、その実体は別の並行宇宙も含めて、それぞれの前後の時間軸の事象も認識できるらしい。その未来が見えないのが、女神には不安のようだ。
「ジロー、気をつけて! 奴らは過激なの。目的を達成するためには、手段を選ばないところがある。貴方には言ってなかったけれど、実は過去にも干渉してきたことがあるの。これは、、、」そこまで言って、突然にキュベレの姿は見えなくなった。持ち主を失ったティーカップが、テーブルに落ちてカシャンと音を立てた。
◇ ◇ ◇
一体何があった? こんな消え方をする女神は、初めてだ。
「キュベレにも予測不能な、異常事態が発生したようだな。」タローの声には、慌てた様子がない。それを聞いて、俺も少し落ち着くことができた。
あの種族の間で何が起ころうとも、俺たち如き三次元の生き物にはどうしようもないのは確かだ。
その時、俺のスマホが鳴った。
俺はドキリとした。この星に降りてから、他人から着信があったのは初めてだ。急いで出てみれば、相手はキュベレだった。
「この原始的な通信端末なら、気付かれない。いい、よく聞いてジロー。」
「私は、その時空から隔離されたわ。これは明らかな破壊活動よ。」
「今からそちらの時間で向こう三ヶ月、私はあなたの時空に接触できない。そして、その後の未来は、相変わらず確定していない。」
「この間に奴らは何かをしてくる。多分、その星の生き物を滅ぼして、やり直すつもりね。私が戻っても、回復できない状況を作り出そうとしているわ。」キュベレは、一気にまくし立てた。
「最大限の工夫と努力をなさい! 三ヶ月したら私は、必ず、、、」そこでまた通話が切れた。察知されて、このルートも絶たれたのだろうか。
一緒に話を聞いていたタローが、その顛末を周囲に正確に伝えてくれた。
急な出来事で、部屋の皆が沈黙している。
しばらくして言葉を発したのは、スルビウトだった。「どうやら、タローが私に魔素を提供したのがきっかけで、キュベレの反対勢力が実力行使に出たということらしいのう。」
「キュベレは、どうなっただろう。」
「なあに、隔離されたと言ったのじゃろう。奴らは、死とは無縁の生き物じゃ。無事ではあるが、この星に一時的に関与できない状況に置かれたと捉えて良かろう。むしろ、心配すべきは我々じゃのう。」
「竜族と共存し、さらに魔人の知恵が加わる恐れのある変化を、その原理主義勢力とやらに嫌われたのだ。キュベレの仲間ならば、その力は強大だろう。この星の生き物を滅ぼすのも、容易いな。」相変わらず冷静なタローの声だが、俺は恐怖に駆られた。
「どうやって滅ぼす。病気を蔓延させるのか、火山の噴火か、地震か? それとも津波か?」
「その点では、私には確信がある。」なおも、タローは冷静だった。




