その4 二度目の時空震
「キュベレを、ご存じなのですね?」まずは、俺から質問を投げてみた。
「おお、長い付き合いじゃった。この宇宙を守護する種族の一人とやら、この星の管理者と言っておったのう。但し、儂ら魔人族は滅びゆく定め、この星はやがて人族が繁栄するのだそうじゃ。」
「魔素が枯渇するこの星には、我らや竜族の未来はない。これは、あの種族でもどうしようもない、と言う。だから儂は人族が嫌いなのじゃ。」
「老い先短い、年寄りの嫉妬じゃな。」魔人スルビウトは、クククと笑った。
そこへ、ホムンクルスが飲み物を持ってきた。ハーブティのような、爽やかな香りのする温かな液体が、カップの中に満たされている。皆に飲み物を配り始めたホムンクルスを見ながら、スルビウトが説明してくれた。
「このホムンクルスには、ハルという名がある。そこのホム爺は、連なる種族に配った量産型だが、このハルは神殿の自動機械と通信ができる特別製でな。そして、儂にいろいろと教えてくれる。」
「ホム爺から受け取った情報を、ハルを通じてお聞きになったのですね。」クレアは、さっきの魔人の仕草が気になっていたらしい。
「全てではない、必要な事だけをかいつまんで知らせてくれる。ハルは、そういう役割なのじゃよ。儂の長年の召使じゃ。」
「恐れながら、スルビウト様は原種に近いと仰いました。我が主たちとは異なる種族なのですかな?」そう言ったホム爺は、椅子で寛ぐウィルの横に立ったままだ。
「おお、そうじゃ。同じ魔人とは言っても、お前が仕えていた者たちは短命種でな。寿命は長くても二百年ほどじゃったろう。儂らの種族は、竜族と同じで千年ほどは生きるのじゃ。」
「ホム爺が仕えていたのは、魔人の亜種といったところか。」タローが頭の中で言った。
「儂らは寿命が長い代わりに、生きるために魔素を多く必要とする。スロキューテニの種族も魔素は必須じゃが、儂らほどではない。そして彼らは人族と交われば、魔素がなくとも生きられる子孫を残す事ができた。つまりクレアやウィル、お前たち魔族じゃな。ただ、寿命は更に縮んで、人族並みになるようじゃのう。」
何と! 魔族とは、かつて魔人の亜種が人族と交わったことで生まれたのか。これは今の魔族は知らないことだよな。
「だがクレアよ、お前が受け継いだ魔人の血は、濃いようじゃ。流石は、王族の皇女と言うところか。」
「そして肉体を持たぬタローよ、お主の存在は実に興味深い。自動機械に意志を持たせて、自らの友とするばかりか、共に進化を果たすとはのう。確かキュベレの種族も、そうした道を歩んだと聞いたことがあるわい。」
「魔法が使えて全能だと思い込み、滅んでいった儂ら魔人には、その考えはなかったのう。」スルビウトは、その脇に立つハルに寂しく笑いかけた。
「このホムンクルスも、この里の自動機械も、そして竜族に贈った魔石も、全ては我ら長命種の手になるものじゃ。連なる種族にも分け与えてきたのじゃが、その魔法技術も儂の数代前に途絶えてしまった。魔素が減り、大きく同類の数を減らしたでのう。」
「この里の魔素は、まだ少しは濃いようですね。」ウィルがそう言った。そうなのか? 相変わらず、俺には魔素の存在が感知できない。
「そうじゃ、しかし枯渇するのも時間の問題でな。儂にもそろそろ、死に際が近づいておった。そこでじゃ、ホム爺の記憶によれば、タローの船やそこに浮かんでおる魔動機が、魔素を産み出せるとか。ここはひとつ取引といかぬか?」
やっぱり、そう来るよね。俺も、タローのためにボットの一機くらい失ってもいいと考えていたわけだしな。
「私は、北の島で魔人の子らを救うためにボットを使いました。ここでも、貴方をお救いできるのならば、ボットは喜んでお貸ししますよ。」
俺は頭の中でタローに命じた。「プラズマ温度を、少し下げてくれ。」
すると俺以外の全てが、目の前の魔人も、魔族のクレアとウィルも、そしてホムンクルスの二体も、敏感に反応した。俺の横に浮かんだ小型ボットから、今や目に見えない魔素が放出され始めたのだ。
「おお、この刺激的な風味! このような濃い魔素を浴びるのは、数百年ぶりじゃ。」無邪気に喜んでみせる魔人を見ながら、十数年前の昔にウォーゼルが同じような喜びようだったことを、俺は思い出していた。
あの後で、キュベレがすっ飛んできたんだっけな。そんな考えが頭をよぎったその時、すぐ傍に女神が実体化した。
「前にも増して大きな時空震。ジロー、またやってくれたわね!」
(続く)




