・・・ 評議会法廷
執行猶予の付いた判決を聞いて、ウルト・ゴールの影が満足気に頷いた。彼にとっては、望ましい落とし所だったのだろう。
「止むを得ない判決といったところか。次元の狭間に目を向けるのが遅れた、私の落ち度だ。」一方でキュベレは、自分自身を戒めていた。
「散会を告げる前に、ウルト族のゴール殿に申し上げたい。」代表者の影が、ウルト・ゴールに向き合う。
「僭越ながら、従属種の管理監督は宗主族の務めと考えます。以後は、同様の事象が起こらぬよう、指導の強化をお願いしたいものです。」評議会の代表者といえども、最古参のウルト族に対して、彼の言葉遣いは丁寧だった。
「指摘は尤もである。周囲には指導を徹底させよう。但し、」そこまで言って、ウルト・ゴールはキュベレに向き直る。「我らは、揺らぎなく見通せる時間軸こそが、神の種族の求めた理想であると信じている。」
キュベレには、この最古参種族の有力者がこの後で何を言いたいのか、およそ見当がついていた。
「今回の被害者は、例の時空震を発生させた張本人と聞いている。またこの特定個体の当該恒星系への登場以降、周囲の未来が見通せない事象が多く発生している事実がある。」
キュベレは、気圧されながらもこの有力者に向かって発言した。「時空震は、確かに稀有な事象です。しかし、それが神の種族の意図に反するとの見解には、その根拠を認めません。」
「ふうむ、お前も我々を原理主義者などと貶めたいのだな。お前たちの手になる論文を読んだ。この不安定な事象を『神の実験』などとは、笑止である。」ウルト・ゴールは、忌々(いまいま)し気にキュベレを睨みつける。
「この評議会の使命の根本たるは、神の種族の意志を継ぐことである。もしまた時空震を起こす事があれば、その時は神の意志に反する者として今回の被害者を除去すべきであると、今ここで私から宣言しておこう。」
◇ ◇ ◇
「これにて、本法廷は終了とする。」代表者の声で、被告人と弁護人、そして陪審員がこの時空間から退出した。残ったのは、評議会代表者と検挙人のキュベレである。
「やれやれ、相変わらず頭の固いことだ。今となっては由来も辿れぬ神の種族の意志とやらを奉る、彼らの思考が理解できん。」代表者が本音を吐いた。
「能力に乏しいものは、自ら思考することを諦め、型に嵌った拠り所を求めるものです。そろそろ彼らを、評議会から排除すべきなのではありませんか。」
「簒奪せよと言いたいのか? これは過激な事を言う。それぞれの種族が抱えた歴史も、宇宙の多様性とやらの意味から価値があるのではなかったのか? 我らとしては、客観的な能力の差を根拠として、彼らを尊重しつつ禅譲を自覚させるべきなのだ。」
「多様性とは、意外な言葉をお聞きします。」キュベレは、代表者の物言いに引っ掛かりを感じた。「もしや、ジローを観ておられましたか?」
「ふふん、『生き物係』と自称していたな。未熟ながらつねづね生物の多様性を口にする、面白い奴。生き生きとして周囲を癒し、導き、大いに繁殖し、自ら生き物としての生業を楽しんでおる。生き物とは本来そうしたものだったと、思い出させてくれるわい。」
そうか、見ていてくれたのか。キュベレは、この尊敬すべき同族の長老との距離が、少し縮まった気がした。
代表者は、更に意外な発言をする。「今の宇宙は、単調に過ぎるかもしれない。結果として、失われた魔素物理体形と竜族の復活に繋がる奴の行動は、確かに神の実験なのかも知れん。」
キュベレは驚きを隠せなかった。「我々の提唱する学説をご存知でしたか。」
「お前たちの発想は、興味深い。お前の所属する学会の論文には、注目している。」
ああ、思っても見ない光栄だ。「有難うございます。」とキュベレは感謝の意を表した。
「宇宙の次なる進化が、お前の管理する恒星系から芽吹くのかも知れぬ。引き続き、管理者権限の範囲内で見守りを続けよ。」そう言って、代表者の影もこの時空間から姿を消した。




