その3 魔人スルビウト
搭載艇へ急ぎながら、俺はクレアに顛末を話して聞かせた。
「まだ魔人様が生きておられたとは! 私も是非ともお目にかかりとうございます。」クレアたち魔族にとっては、魔人は神様みたいなものだ。きっと、そう言うと思ったさ。
搭載艇を飛ばして、南の里でウィルとホム爺を拾い、一気に海を渡る。いつもと違って、タローは遠慮なく速度を出しているので、地上や海面には衝撃波が響き、船の周囲では大気が電離してプラズマ化して、空を飛ぶ火球に見えたことだろう。
ホム爺が通話を切ってから20分が過ぎたころ、俺たちは大陸にある魔人の里の上空にやってきた。
「到着しました。関門を開けていただけますか?」タローがボットから魔人に声をかけた。
ボットのカメラで見る魔人の顔は、明らかに驚きを見せている。「もう海を渡ったと言うのか? いや、お主の仲間が、まだ上空におったのじゃな。今開けるわい。」
ボット越しに、魔人が塔の基部にあるパネルに向けて、火属性の魔法を放つのが見えた。昔は、俺とゼーレの魔力にウィルの魔法剣で、ようやく扉を開けたものだが、魔人の魔力はやはり強大だ。塔は、たちまち上まで赤く染まり、バシンと音が響いて関門がぽっかりと開く。
タローが搭載艇を、聳える塔に沿って降下させていく。
見下ろす魔人の里は、かつて見た北の島の里の景色とよく似ているようだ。いや、少し規模が大きいな。
搭載艇が静かに着地した。
重力機関で駆動される機体は、慣性も中和されている。だから、船を降ろしても埃を巻き上げることもなければ、振動もない。
魔動機よりも数段大きく、見上げる高さの銀色の楕円体が音もなく着地するのを、魔人は呆れたように見上げていた。
ハッチを開けて、ウィルとホム爺、クレアと俺が地面に降り立った。
と、魔人が俺を認めてギロリと目を剥いた。
「人族まで来るとは聞いておらんぞ!」と言うや、雷撃魔法を俺に向かって投げてきたではないか。どうやら人族はお嫌いらしいな、この魔人。
威力は強くない、これは威嚇だ。しかし、飛翔速度が速い。例の闇推進が施されているな。それならば、
俺は、咄嗟に光の波動をぶつけて闇推進を中和した。雷撃は勢いを失い、弾かれて僅かに方向を変えると、クレアが展開した魔法障壁に当たって消えうせた。
次弾が来るかと身構えたが、魔人は動かない。その表情が驚きから笑顔に変わり、魔人は構えを解くとスタスタとこちらに近づいて、クレアが張った魔法障壁に手で触れた。
「ほうほう、しなやかで強い緻密な構造じゃ。賢者の名に相応しい、見事な腕前じゃの。」クレアを見て微笑んだ魔人は、今度は俺に向かって言う。
「魔素は少ないが、人族のお主も賢者の域に達しておるか。しかも、闇に光を当てる技法を知っておったとは、驚いたぞ。」
はい、昔クレアに、いやというほど思い知らされましたもので。
「急な運びで、儂もいささか驚かされた。まあ、ここでは数百年ぶりの客じゃ、歓迎してやろう。」
その言葉を聞いたクレアが、障壁を消すと、おもむろに跪いた。それを見て、ウィルもホム爺もそれに倣う。俺には、魔人に遜る理由はないから、膝を折ることはしない。まあ一応 頭は下げておいた。
「儂についておいで。」魔人に案内されて、俺たちは中央に建つ神殿に招かれた。先に到着していた大型ボットは、室内では大きすぎる。そこで、代わりにタローが吐き出した小型ボットを、一緒に連れて行くことにした。
◇ ◇ ◇
机と椅子が用意された部屋に通されると、そこには一体のホムンクルスが立っていた。すかさず、ホム爺が歩み寄り、二体は手の平を合わせる。瞬時に記憶交換したのだ。出会った直後に情報を共有化するのは、どこのホムンクルスでも同じ「お約束」のようだな。
ここのホムンクルスは、ホム爺よりは少し背が高い。そして顔つきも少し違っている。ホム爺と合わせていた手を降ろした彼は、おもむろに魔人に近寄ると、魔人とも手の平を合わせた。今度は、しばらく時間がかかり、魔人は目を閉じて何かを聴いているような様子を見せた。
これを見ていたクレアが、俺に耳打ちしてくれた。「今、魔人はホムンクルスの手の平に魔力を絡めています。おそらく、ホム同士で行う情報交換に似たものなのでしょう。」
ふーん、これも魔人の魔法技術の一つなのかしら。
しばらくして、魔人はホムンクルスと合わせていた手を降ろし、眼を開いた。その目の輝きで、事の成り行きを面白がっているのが伝わってくる。
「なるほど、ジローとクレアはキュベレの使徒であったか。ジローは、別の星から落ちてきたとは、お陰で儂もしばらくは退屈せずに済みそうじゃ。」そう言って、魔人はゆったりと笑ってみせた。どうやら、ホム爺の記憶がもう魔人に伝わっているらしい。
「儂は、スルビウトと言う。魔人族の中でも、もっとも原種に近い種族の長老であり、おそらくこの星で最後の生き残りじゃ。」
「儂らは竜族と同様に、長生きじゃ。仲間を見送り、ここで寿命が尽きるまでこの星を見届けようとしておったが、まさか死に際にお主らと出会うとはのう。」
(続く)




