その1 新たな魔人の里
「ジロー兄貴、探査ボットを使わせてくれ?」朝の連絡会議で、ウィルがボットの画面越しに俺に頼み込んできた。
ウィルは、ここサホロの里から直線距離で70kmほど南の、魔族の里の長だ。
まだ三十を過ぎたばかりだが、父親からその地位を受け継いで、里ではそれなりに人望がある。この頃は父のカリスマ性も引き継いで、なかなか貫禄も出てきた。美男ながら親父譲りのギョロ目で睨まれれば、そこそこ怖い。
そのウィルに「兄貴」と呼ばれるこの俺は、毎月一回の搭載艇の医療ポッドによる賦活化で、外見は二十代前半のままを維持している。
だから今では、見た目ではウィルの方が年上だ。ウィルが俺を兄貴と呼ぶと、周囲が怪訝な顔をすることが最近多くなってきた。
「ウィルよ、そろそろ俺を兄貴と呼ぶのは、やめたらどうだ。」
「だって、兄貴は昔から兄貴だろ。確かに兄貴はいつまでも若いが、じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「ジローでいいぞ。」
「ええ、呼び捨てかよ! 命の恩人に、それはちょっとな。」
そう、こいつはガキの頃に持病があって、俺と兄弟子ゼーレとで治してやったのを今でも恩に着てくれている。俺がお前の里に住んでいた頃は、一緒にダンジョンに潜る冒険仲間だった。あの頃は、確かに俺はお前の兄貴分だったよな。
「ジローでいい。もう見た目はお前が年上だ。そして、お前には里長としての地位がある。いつまでも、人前で俺を兄貴と呼んでは、示しがつかんだろう。」
さあて、なんの話だったけな? そうそう、各地に残された魔人の里を調べたいと、ウィルに頼まれているのだった。
この時空を見限った魔人たち。その僕だったホムンクルスの一人で、今はウィルの執事となったホム爺が、管理を託された魔人の里に眠る遺産をいろいろと調べていて、有力情報に辿り着いたと言うわけだ。
そのホム爺が、画面に出てきた。「魔人たちは、大昔には互いの里との交信ができたのです。私が接触を許された自動機械には、その場所がいくつか地図上に残されています。」
へえ、そいつは初耳だ。「交信ができるのなら、呼びかけてみたらどうだ。」
「もちろん、やってみましたとも。ですが、返事は届きませんでした。」
「だったら、その里も空っぽなんだろ。魔素も枯れて、魔人はもうこの時空から去ってしまったんだよ。」廃墟の里を訪ねても意味はない。俺は乗り気がしなかったのだが、
「いやいや兄貴、里には必ずあの自動機械がある。あれにボットを同化すれば、タローの頭が良くなるんだろ?」
「なんだ? タローの心配をしてくれているのか?」
俺は、声を出してボットに、つまりタローに聞いてみた。「どうなんだ? 必要なのか、タロー?」
「総合的な判断として否定する。」タローは、即座に断言した。
「そーら、見ろ! タローは要らないって言ってるぞ。」
「いや、不要とは言わないぞ、ジロー。AIの私には魅力的な提案だ。演算機能が強化されることは、望むところだ。しかし、今の能力でも支障を来した履歴はないうえに、これ以上ボットを失うのは避けるべきだと判断したまでだ。」
そう、魔人の里の機械と結ぶためには、ボットが一つ必要になる。
「ふーん、確かにボットを減らしたくはないが、タローの性能が上がるのなら、ボットの一つや二つ何とか捻出して、その自動機械と繋げてもいいかもな。」俺は考え直した。まんまとウィルに乗せられてしまった気もするが。
「調べたい場所は何処にある?」
「いくつかあるが、一番近いのはこの島から西の大陸。距離は800kmほどだ。」
なるほど、新たな魔人の里か。だが、ウィル自慢の魔人号ではキビシイ距離だ。俺の小型探査ボットでも、遅すぎるだろうな。ここは大型ボットを出すか、これなら搭載艇と同じスピードで飛べる。
「よし、分かった。タロー、大型ボットをホム爺の言う場所に飛ばしてみようぜ。」これで、朝の会議は終わりになった。
思えば、軽い気持ちで引き受けたこの判断が、その後の大厄災を招くことになったのだ。
◇ ◇ ◇
治療院の、いつもの一日が始まっていた。
俺とクレアの二人で分担して、通ってくる患者の治療に専念する。三人目の俺の子を孕んだことがきっかけで、賢者として開眼したクレアは、ますます回復系魔法の腕を上げていた。治療魔法だけなら、もう俺の上を行っているかも知れない。
医学的知識は、もちろん俺に分があるぞ。俺は生き物係なのだからな。だが、クレアの横では、常にボットの中のタローが治療を観察し、必要ならば助言を与えている。頭がいいクレアのことだ、そのうち俺に並ぶ医学知識を身につけるのだろう。
皆で昼食を取り、昼休みを挟んで治療院の午後の部が始まった。
そろそろ患者が途切れそうだな、と考えていた俺の頭に、タローの声が割り込んできた。
「ジロー、向かわせた探査ボットが閉じ込められた。緊急会議を要請するぞ。」
(続く)




