その4 送還の儀
ホム爺を伴って戻ってきたキラ家のホムは、再びホム・コピーと手の平を合わせた。これで、三人のホムの記憶は共有化されたのだろう。
「ウィル坊ちゃん、ご心配をおかけしました。」ホム爺が、神妙な様子でウィルの前に立って詫びている。
もう17年前にここでホム爺と出会ったウィル坊、今や南の里を束ねる族長となったウィルは、眼に涙をためて「無事で、なによりだ。」とだけ言った。いろいろ言いたいことはあるだろうけどね。
ここからは、ホム爺が仕切るらしい。「では、坊ちゃん。始めてよろしいですかな。」
「お前に任せる。」とウィルが応える。ホム爺は、キラ家のホムに魔人の子らを目覚めさせるように指示すると、自分は印を結んだ。
するとその傍らに、小柄な生き物が実体化した。俺たち人族を一回り小さくしたような印象がある。
モノトーンの、極めて簡素なチュニックのようなものを着ている。小さな角の下で閉じられていた眼が開くと、輝く瞳には深い知性と洞察力が感じられた。
これが魔人か。物理的なサイズには収まりきれないオーラが発散されていて、気圧されるほどの威圧感が押し寄せてくる。
ウィルとキラのオヤジ、魔族の二人は跪いた。魔族にとって魔人は、太古からの加護を受けた神様みたいなものらしいからな。
◇ ◇ ◇
その魔人は、女神を認めて表情を和らげた。「久しいですね、キュベレ。この者たちの前では、その姿なのですね。」
「スロキューテニ、無事でいましたか。」と女神が応じる。この二人、知り合いらしい。
「魔素の枯渇で、お前たちの種族を見捨てざるを得なかった私が、この分岐した新たな時間軸でお前と再会するとは。」
「我らも、突如現れたホムンクルスに驚かされ、次に現れたホムから話を聞いた時には、信じられぬ思いでした。異なる星より落ちてきた者が、魔素をもたらす未来があったとは。」
「ならば、お前たちはこの時空に戻りますか?」
「いいえ、我らは魔素が枯渇したこの世界を見限ったのです。この世界は、魔素によらず科学技術とやらで新たな進化が約束された人族が、後を継ぐべきなのでしょう。それに、向こう側の世界は魔素に満ちて、気に入っているのです。」
「そしてこの空間も、魔素がありますね。」魔人は、今度は俺に向き直った。
「久し振りにここに立つ事ができるのは、貴方のお陰です。貴方がこの星に落ちてきた者、キュベレの使徒ジローですね。」えーと、別に使徒とかではないんですけど、ね。
「魔素量は少ないが、魔力は巧みです。賢者の域に達していますね。」ふーん、見ただけで判るのね、流石は魔力に長けた種族だ。
「我が子らに今まで魔素を与え続けてくれたことに、礼を言いましょう。」
「そして、ウィルとキラ。これまで我々の行方を探す努力を続けてくれたことに、感謝しますよ。」二人の魔族は跪いたままだ。
「そして我らの古き友、竜族にも礼を言わねばならないようです。」
「北の山の飛竜たちには、この映像をボットで見せてその感謝を伝えておこう。」俺の横に浮かんだボットから、タローが声をかけた。
「おお、貴方がタロー。魔力によらぬ高度な自動機械。私たちも魔力に頼らず探求を続ければ、貴方のような存在を産み出せたのでしょうか。」
「スロキューテニ、貴方は人族の科学技術の片鱗を見ているのです。魔力によらない進化の方向性も、おぼろげに理解できたでしょう。向こう側で、貴方たちにも新たな進化が始まるかもしれませんね。」キュベレが、思わせぶりな事を言った。
女神にしてみれば、魔人が渡った向こう側の宇宙は管轄外だ。あとは知らんが、頑張れというところか。この超越種族は、管轄外の事象には妙に冷淡なところがある。
ホムが操作したスリープポッドの蓋が、静かに開き始めた。次々に子供達が、ポッドの中で身を起こしていく。そして、自力で立ち上がると、魔人のもとに集まってきた。
魔人が、しがみついてくる子供らを撫ぜながら、愛おしそうに声をかけている。
ああ、この子らを大人に引き渡せて良かった、俺は心からそう思う。ウィルも、涙ぐんでこの情景を見つめていた。
ホム・コピーが、保管されていた仲間のホムンクルスを、全て起動して連れてきた。その数は自分を入れて八体。同じ顔かたちのこいつらが、ズラリと並んだのを見るのは壮観だ。魔人は、このホムたちを全員、向こうに連れて行くらしい。
「準備が整ったなら、ホム爺よ。もう一度、時空を繋ぐのです。頻繁に接触していると、時空は反発して時間の経過と共に離れてしまう性質があります。行き来をするのは、これが最後になるかもしれませんよ。」キュベレはそう言って、俺たちを急かした。
(続く)




