その1 五つの数字
「もう一度、あの洞窟に行きましょう。」ボット経由の遠隔会議で、キラ家のホムが言った。
ホム爺を水の中へ行かせてから、もう40日が過ぎていた。
「行ってどうする?」俺が尋ねれば、
「今度は、私が洞窟の奥に入ります。」と、ホムが答えた。
「二の舞にならないか?」
「いいえ、大丈夫です。」
「何故、そう言い切れる?」
「私たちは、個体差がありません。同じ原因には、私はホム爺と同じ結果を返します。」
「だから、それを二の舞と言っているだろ!」
「いいえ、私はホム爺が戻らなかったという事実を知っています。つまり何かが起きて、その時にホム爺が取ったであろう行動を、私はその時点で疑う事ができるのです。」
「ふーん、そこで踏み留まれると言いたいンだな。」
「そうです。」
本当だろうか? と俺は思う。ホムは自信ありげな顔で、俺達を見返しているが。
「ホムまで失うわけにはいかない。」ウィルが沈痛な声だ。子供の頃から付き添ってくれていた執事が行方不明で、ウィルはかなり気落ちしている。
「ウィル坊ちゃん、私とホム爺は、別れる時に手を合わせて記憶更新しています。私たちに個体差はありませんから、あの時点から私は、あなたのホム爺でもあるのです。ホム爺を失ったと考えるのは、間違っています。」
「それでも、今度はお前を失うことはできない。」と、これはキラのオヤジだ。
「私が戻らぬのがご心配なら、魔人の里にある私の同僚をまた一機起動させて、記憶更新しておくことをお勧めします。私の同型は、まだ多数が保管されています。」
「それは、判らぬでもない。私には、だがな。」ここでタローの声が、割って入った。
「ホムよ、個体差のない体に同じ記憶を乗せたからと言っても、それで替えにはならん。人間は、そう簡単に割り切りができないものなのだ。」
「なるほど、そうでしたな。」
皆でいろいろと協議をしたが、結局はキラ家のホムを行かせることに決めた。
タローがホムを搭載艇に乗せて、洞窟に連れて行く。そしてその前に、魔人の里でもう一体のホムを起動させ、記憶更新しておくことにしたのだ。
洞窟に潜ったホムは、今度はあっさりと一日で戻ってきた。その顔には、得意げな笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
ホムは洞窟から戻ると、その身も乾かぬうちにサホロ号で中の島を離れ、湖のほとりで待機する搭載艇まで帰ってきた。そして、記録してきた洞窟の奥で見つけた壁の画像を、その場でタローと共有化した。俺たちは、遠隔会議で早速集まることにした。
「ホム爺の行方は掴めたのか?」皆を代表して、まずウィルがホムに尋ねる。
「次元の扉を示す、五つの数字を見つけました。おそらく、これを使ってホム爺はご主人様の元に転移したと思われます。」
「その五つの数字とは、何だ?」と、今度は俺が尋ねる。
「魔人の技法だな。魔人の加護を召喚する際にも、用いられるものだ。」ホムの説明を頷きながら聞いていたキラのオヤジが、発言した。「我が侯爵家では『五つの異なる方向を示す距離』と、伝えられておる。」
「五つの数字は、キラ殿そしてギラン殿も操る魔人の技法の要です。我らホムンクルスとこれを継承するキラ侯爵家以外では、知らぬのも道理でしたな。」ホムが引き取って、説明してくれた。
「この数字で指定した場所に召喚獣が置いてある、その置き場所を示したものなのだ。あのゴーレムにも、そして群竜を見守るスライムにも、それぞれ特有の数字が我が家に伝えられておる。それを正確に念じることで、その置き場所を術者の周囲に繋ぐことができる。」
なるほど、それが護国卿の秘伝というわけか。
「ふーむ、異なる方向が五つか、それは五次元の絶対座標ということではないのか?」タローが言えば、「では、魔人たちはこの世界を見限って、別世界に逃れたと言うのだな。」とキラのオヤジの声が重なった。
ボット画面の向こうで、ウィルが口を尖らせた。「ならば、ホム爺は無事なのか? 踏み出す前に、一度戻って報告しろと言っておいたのに。」
「ウィル坊ちゃんに背くつもりは無かったはずです。何か予期せぬことが起こったのでしょうな。」
タローが、ここで報告を寄こした。「ホムが持ち帰った洞窟の画像だが、温水による侵食を想定した復元アルゴリズム解析が終了した。画面に出すぞ。」ボット表面に展開した壁の画像が、ふいに輪郭を明瞭にした。
「おお、かなり判読できるようになりましたな。」これを見たホムが、歓声を上げる。「さっそく、読み上げてみましょう。」
(続く)




