その4 洞窟の底で
私は、人工生命体だ。
呼吸をする必要はないので、水の中でも魔素があるかぎり活動が可能だ。だから、ウィル坊ちゃんたちと分かれて、この水没した洞窟を一人で進んできたわけだ。
洞窟の中は光源がなく周囲は真っ暗だが、私の眼の撮像素子は感度を切り替えられる。そして近赤外域の波長も感知できるので、探索には問題がない。
私を取り囲む水は温かい、地下からのマグマの熱に由来するのだろう。洞窟の壁とは温度差があるため、私の目には行く手の洞窟がくっきりと浮かび上がって見えた。
水の中を一人で歩き始めて半日が過ぎた頃、どうやら終点に辿り着いた。崩れた岩を退かせて進んだ先には、ぽっかりと大空間が広がっていたのだ。
向こうが見通せず、見上げる天井もかすむほどの広さだ。温水に浸かっていたためだろう、有機物の腐食が進んで、目立つものは残されていない。だが、私には古きご主人様たちの五百年前の生活感が、漂っている気がした。
ある程度の魔素濃度がある、これならご主人様たちも生きていけたことだろう。ただ、命は保てたとしても、十分ではない。この濃度では、あの里を捨てて出てきた意味がないのだ。
大広間の壁面を詳しく調べたが、やはりここで行き止まりだ。周囲の壁には、さらに先を探ったような小さな穴も無数にあるが、どれも長くは伸びていない。
恐らくこの空間は、溶岩が冷え固まることで収縮した山体の、亀裂が集まった場所だ。地下のマグマからの魔素も滞留していたが、やがて湖の水面が上昇するにつれて水没してしまったのだろう。
奥の壁に刻まれた、文字らしきものを見つけた。これも温水に浸かっていたせいで侵食が進んでいるが、ご主人様たちが書きつけたものに違いない。
残念ながら判読できない。画像を持ち帰りタローに頼めば、画像処理をしてくれるだろう。いろいろ細かな芸当ができるタローは、私たちの里にある自動機械よりは明らかに優秀な存在なのだ。
ここには、もう得るものがない。文字らしきものを全て視野に収めて記録した私は、調査を終えて戻ろうとした。
その時だ。
文字列の一番下に、一際大きく、深く刻印された五つの数字が半分ほど砂に埋もれているのに気がついた。砂をどけてみる。輪郭がぼやけていても、この大きさなら判読できた。間違いなく、ご主人様たちが使っていた数字だ。
しかも五つある、これは異なる五つの方角の距離を示した数字、あの魔人の加護を召喚する時と同じ、次元の扉の魔法で用いるものに違いなかった。
とすれば、その扉の向こうにご主人様たちがおられるのだ。何らかの理由で、ご主人様たちはこの場所を見限って、異なる時空に転移していった。そして、ここにその記録を残したのだ。
ここで判断を違えたことを、私は白状しなくてはならない。
だが、私はご主人様たちにお会いしたかった。554年前に、あの南の里でお見送りしたご主人様たちが、その扉の先におられるのに違いないのだから。
「次元の扉を開くだけだ。」私は自分に、そう言い聞かせた。
私が向こうに渡ってしまえば、もうここには戻れない。ウィル坊ちゃんに、報告が出来なくなってしまう。何故なら、向こうへと続く魔法の数字はここに書かれていても、私が今いるこの場所の数字は判らないからだ。
私は、次元の扉の魔法を念じた。
私たちホムンクルスが、唯一ご主人様から使用を許された魔法。魔人の加護を召喚する際の数字を、今この目の前にある数字に置き換えて念じたのだ。
目の前に輝く門が現れた。そして、その向こうに草原が、そして人影が見通せた気がした。あれは、ご主人様なのだろうか? ホムめは、ここにおります。
次の瞬間、私の体はものすごい勢いで門に向かって押し出されていた。
そこでようやく、私は自分のしでかした失敗に気がついた。私は水の中にいたのだ、そこに別空間を繋げばどうなるか。
あっという間に周囲の水に押し流されて門をくぐり、私は向こう側に飛び出して激しく地面に叩きつけられ意識を失った。
(続く)




