その1 サホロ号
「そうなの、タローにいいところを持っていかれてしまって、」サホを膝の上であやしながら、クレアは大いに不満そうだ。
「済まなかったな、だがクレアが私に手伝えと言ったのだ。クレアと王妃様とのやり取りの中で、私としても全容が掴めたのでな。あの昼食の場は、まさに絶好の機会の到来だったのだ。」壁のボットから、タローがすまし顔だ。
だからあの時、タローは「手伝おうか?」と言ったのか。俺は、とんとん拍子に話が進んでいくのをただ喜んでいたのだが、裏ではそんな事があったのだ。
「それじゃあ、せっかくのクレアの企みも台無しだったわね。」二人目の子タケルを胸に抱いたサナエが、にやにや笑いだ。
ここは俺の部屋、夕食を食べ終わって子供らを寝かせにかかるまでのひと時を、三人の嫁が去年生まれた赤子をそれぞれに抱きながら、今日の出来事を話し合っていた。
「そうなのよ、もう少しドロドロすると思ったし、ギランが『それでも僕はマサエを選ぶ』とか言って修羅場になるのを期待したわけ。そこで私の出番だったのよ。」クレアが口を尖らす。
「タローがクリムの護国卿継承に論点を絞り、それをうまく侯爵夫人が引き取って、マサエの存在を出さずにキラのオヤジを丸め込んでしまったわけだ。タローの計算通りだったのか?」俺は壁のタローを問いただす。
「もちろんそうだ。キラ家の魔動機に同化したボットで、あの家族の会話を聞いていたから侯爵夫人の有能さは判っていた。王妃様の評価も聞いていたので、あそこまで私が話を進めれば、後は侯爵夫人がうまく結論を出してくれると計算した。」
「おだてられて簡単に納得してしまうのが、いかにもキラ様らしい。男とは単純な生き物です、まだギランに恋人がいるとは知らないのですからね。」虎柄の赤ん坊ヤクサを胸に抱いたカレンが、ボソリと呟くと、「まあ、本当にねえ。」とサナエが同意して、俺の三人の嫁たちはケラケラ笑う。
「策士のクレアも、その侯爵夫人に上を行かれたか。まあこれで、マサエが近々ギランのプロポーズを受けるのは確実だわ。良かったと思いなさいよ。」サナエのニヤニヤ笑いは続いている。
「クレアが動いたから、こうして治まったのです。一度ギランを振った姫様としては、罪滅ぼしになったのではありませんか。」とカレンが言えば、
「そうね。そう言うことにしておきましょう。私、あの侯爵夫人とは気が合いそう。お友達になりたいわぁ。」クレアも苦笑いだ。
そのうち、お眠になった子らを抱いて、嫁たちは寝室に戻っていった。三人とも赤子の世話に忙しく、今夜は一緒に寝てくれる嫁はいない。
俺は一人ベッドに横になって、今日の出来事をまた思い返していた。
今や親しい友人となったギラン、その初恋が成就するのだ。ここは素直に喜んでやろう。しかし、しかしだ。この世の中は、嫁の、女たちの企みで回っていることを実感したことは否めない。
あの美しくも怖い王妃様も、キラのオヤジを立てる侯爵夫人も、そして抱けば可愛い俺の嫁たちも、夫の扱いが上手い。気の優しいギランの嫁になるマサエもきっと、しっかりと夫をリードしていくのだろうな。まあ、それでいいのだ。
「タローは、俺の味方だよな。」頭の中で問いかけた。
「もちろんだ、だが一つ忠告しておこう。」
「何だ?」
「賢い女性には、逆らわないことだ。」
「うん、まったくだ、おやすみ。」
◇ ◇ ◇
頼んでいた魔動機が、サホロの里に飛んできたのはその一週間後だった。
キラ侯爵家のホムの要請に応じて、タローが残り少ない小型ボットを一機、ウィルの治める南の魔族の里に飛ばした。
さっそくウィルの執事のホム爺が、魔人の里に残されていた魔動機を持ってきて、それにボットを乗せた。
そして、ボットを融合同化するのに数日を要して、晴れてタローがこの魔動機を操作できるようになったと言うわけである。
俺は、この船にサホロ号と名前を付けた。
1km以内に近づけば、他の魔動機と感応できることが判っている。サホロ号をタローが低空飛行させ、大昔に魔人を運んだ魔動機を、彼らが消息を絶った北の山の周辺で探そうというのだ。
今さら地表では、まず見つかるまい。これまでも竜族が探し続けてくれたのだから。地上の捜索が終われば、次は水中の探査だ。
あの地域には湖も多い。魔動機は水に沈んでいる、そう俺は確信していた。
魔人たちを探し当てて、あのダンジョン奥に眠る魔人の子らを託したい。それには、まず乗り捨てられた魔動機を探すことだ。
俺には、手掛かりを得られそうな予感があった。
(続く)




