その7 策士の手際
これはピンチだ。さあて、どう切り抜けようかしら。
と、そこへ「手を貸そうか?」頭の中でタローが言ってきた。なるほど、こいつに喋ってもらえば、角が立たない。俺はこんな場面を仕切るのは苦手だ、生き物係だからな。
「キラ殿、そしてギラン殿、忌憚のない意見をお伝えするには、私の兄のタローが適任です。常に正しく考えるのが、このタローですから。」そう言って、俺は横に浮いていたボットをポンと叩いた。タローよ、どうかギランの望みを叶えてやってくれ。
「ふうむ、ではタロー殿のお考えをお聞かせ願おうか。」キラのオヤジの顔が、タローに向いた。うん、タローの事はキラのオヤジも信頼しているし、これは確かに俺が下手な発言をするより良かったに違いない。
ボットにタローの顔が浮かび上がった。「それでは僭越ながら。」
「ギラン殿はお強く魔力も大きい、魔人の加護を振るって護国卿を担うのに適任です。但し、心根の優しい方ですから、生き物を飼うお仕事にも向いているでしょう。」
ふむふむ、まずはギランを褒めながら適性を述べるか。
「ここで、弟君のクリム殿にお聞きしたい。貴方は、家督を継ぎ護国卿を継ぐことを、どうお考えですか? この際です正直にお答えください。」急に名前を出されてクリムは戸惑った様子だったが、
「私は、兄を助けてこの家をこの国を守るものと考えていました。私がもし家督を継ぎ、そして護国卿として王国に貢献できるのなら、それは大きな喜びです。」堂々と言ってのけた。うーむ、次は弟の気持ちを素直に吐き出させた。タローめ、なかなか段取りが良い。
「機械の私は、人族と同様に魔素を見る事ができません。クリム殿は、兄上と比べて魔力は如何ですか?」
「はい、幸いにして私も魔力は大きな方です。もうすぐ兄上にも追い付けるかもしれません。」
「そうだな。」と、横にいたギランが認めた。
「では、クリム様も兄上と同様に、魔人の加護を操る素質がおありですね。では最後にもう一つ、護国卿は魔物を退ける技量が問われるとお聞きしましたが、クリム様の魔法剣士としての剣技、魔導士としての魔法の技量は如何ですか。」
タローの問いに、クリムは一瞬ギランを見た。ギランがうんと頷いたのは、正直に言ってよいとの意味だろう。
「剣技では、私が兄上に勝ります。魔導士としては、兄上に分があります。兄は器用に魔法を操りますので。」
この成り行きを聞きながら、キラ侯爵の顔は真っ赤になってきた。相変わらず分かりやすいな、このオヤジ。やっぱり、俺が仕切らなくて良かった。
「キラ殿、これで良いのではありませんか。」少しの間を置いて、タローが言う。
「クリム様は、家督を継いで護国卿を担うに十分な気迫をお持ちだ。そして、魔力も剣技も優れておられる。あと二年待てば、魔人の加護をクリム様に伝えられます。」
「そして兄上ギラン様は、ご自分の気質に合うお仕事に進まれ、新しい特産品を育てて、この侯爵領の繁栄を違った角度から支えることができるのではありませんか。」
食卓を囲む場が、シーンと静まった。
と、沈黙を破ったのは、キラのオヤジの横にいた奥様、侯爵夫人だった。「ギランの我儘を許してあげましょう、あなた。」
おお、ここで援軍の登場だ。
「誰も損をしません。むしろこの侯爵領の繁栄のために、あなたの英断は周囲からも評価されると思いますわ。」
おお、この奥様。キラ侯爵の世間体を気にするところを、判っていらっしゃる。この人、俺の嫁のクレア並みの策士だ。魔族の女って、皆こうなのかしら。
顔を真っ赤にして怒っていたキラのオヤジが、妻の顔を見た。
「そうだろうか、魔王様はお許し下さるだろうか。」
「大丈夫ですよ、あなた。クリムも父親に似て、立派な騎士に育ったではありませんか。」
奥様、今度はキラを持ち上げてきたな。ひょっとして、俺もこうして嫁に上手に泳がされているかも。
「クリムに、貴方の偉業を継がせましょう。ギランは新たな事業を起こして、きっとこの侯爵家を盛り立ててくれますわ。二人とも、貴方に似てとても立派な息子たちですもの。」侯爵夫人は、優しくキラのオヤジの手に、その手を添えた。
「ええい、わかった!」キラのオヤジは、とうとう席から立ち上がった。「常に正しく考えるタロー殿が、そう言うのだ。ギランの我儘は認めてやろう。その代わり、牧場の仕事を成功させて、必ず侯爵領の糧にするのだぞ!」キラのオヤジの大声で、昼食会はお開きになったのだった。
◇ ◇ ◇
食後のお茶が振舞われたのは、場所を移した先ほどの応接室だった。キラのオヤジは来ない。やっぱり怒っているのかしら。
奥様とギランとクリム、そして可愛い妹君の名前はサリアだそうな。俺とタダシは、お茶をいただいたら、そろそろサホロの里に戻る時間となる。
「ギラン、急展開だったが最後は父上が認めてくれて、良かったな。」タローに任せて正解だったなと、俺は胸をなでおろしていた。
「はい。」と応えたギランは、控え目ながら喜びにあふれている。
「ギラン、今度はお前が好きになった娘さんを、母に紹介するのですよ。」さりげなく、静かに、しかし突然に、奥様がギランに告げた。
「えっ!」言われて、固まるギラン。
「お母様の目を節穴だと思ったら、大間違いよ。」妹のサリアが、悪戯っぽく兄の目を見上げる。何の事だ? 俺には、訳が分からない。
「お見通しでしたか。」ギランが、小さな声で呟いた。
「見ていて分かりました。お前が家督を継ぐのなら、魔力の強い貴族の娘を嫁がせねばなりませんでした。しかし、こうなったら嫁はお前が自由に選びなさい。恋をしたその人族の娘でも構いませんよ。」
「へへ~!」ギランは、テーブルの頭をつけるくらいに、這いつくばった。
サリアが、さも楽しそうにタダシに言った。「これで、私はタダシ様と家族になるのね。お兄様と呼ばなくっちゃ。」と笑う顔は、もう大人の女のそれだった。
「でもタダシ様、ゆくゆくは私を選んで下さっても良くってよ。兄弟で結婚なんて、とっても素敵だわ。」
ってことは、ギランはタダシの姉といい仲になっていたのか。道理で、楽しそうに魔動機で通ってきては、教えを乞うていたよね。
そして、サリアに軽口を叩かれて顔を赤くしているタダシよ。お前も、この妹君と相思相愛なのね。隙あらばギランの牧場に行こうと俺を誘うし、彼女が牧場までいつもわざわざ付いてきたっけな。
このサリアも、きっと母上譲りの策士に違いない! 魔族の女って怖い。このことであった。




