その6 家督を譲る
次いで、群竜の卵を使った料理が出た。濃い目の味付けで、野菜と合わせた炒り卵のような拵えだ。この料理は、ギランが説明をしてくれた。
「卵を産む雌竜は、今は穀物で育てていても雑食だった頃の影響を残しているようで、まだ少し臭みを感じます。でも、育てるほどに味が良くなってきましたので、今後は卵から孵して穀物だけで育てた雌の卵に期待しているのです。」
なるほど、だからこの濃い味付けなのか。
「これも、この侯爵家が『魔人の加護』を受け継いだお陰なのですね。」あの銀色のスライムをギランが召喚できるからこそ、いまこの肉と卵の皿が俺の目の前にある。
「あの秘法は、男系継承でしてな。ギランには教えましたが、次男のクリムもあと二年で二十歳となったなら、これを伝えるつもりです。」キラのオヤジが、そう説明した。
ここでギランが、皿に匙を置いて立ち上がった。
「その事ですが、父上。お考えいただけましたでしょうか。」そう言ってオヤジを見つめる。
言葉を受けてキラのオヤジは、ムッと表情をゆがめた。
「ここで、また、その話か。今日はジロー殿も来ているのだぞ。」
「いいえ、ジロー殿のご意見も伺いたい。むしろ、ちょうど良い機会と考えました。」ギランは、譲る気がないようだ。
タダならぬ雰囲気だぞ、これ。
俺が変な事を言ったせいで、思わぬ展開を招いてしまったみたいだな。
キラのオヤジは、ふうとため息をついた。親なればこそだが、どこの家族でもいろいろあるもんだよね。
「ジロー殿、実はですな。このギランめが、護国卿を継ぎたくないと申すのです。家督を弟に譲って、自分は群竜の牧場に打ち込みたいと勝手な事を!」
あらら、そうなのか。確かに気持ちが優しく、生き物大好きなギランには、護国卿の名前が似合わない気がしないでもないが。
ギランを見ると、訴えるような目で俺を見てくる。
これはピンチだぞ、俺。
◇ ◇ ◇
同じころ、ここは治療院に置いたボットの前のクレアだ。
「で、お母様。キラ侯爵家の次男クリム殿が、王家の血筋を引く娘と恋仲だと聞いたのですが、」魔王城にあるボットを通して、王妃様に尋ねている。
「あら、知っているわ、クリム君。兄のギラン君とは違って、ちょっといい男だもの。」王妃様は妖美に微笑んだ。
「まさか、お母様?」
「あら、もう許嫁がいるのだもの、食べたりはしないわよ、私。そんな野暮はしませんとも。」
クレアは、ほっとした。一瞬だが、若い男が大好物な母上を疑ってしまったのだ。
「その彼女って、ご存知なのですか?」
「あら、貴女の従妹よ。私の妹の娘、クローディア。領地が隣だったから、幼馴染みたいね。」
ああ、彼女なら知っている。あの子なら、護国卿の妻としてやっていけるだけの魔力はあったはずだ。
「何を企んでいるの、クレア?」
この母上には隠し事は出来ない、クレアはマサエとギランの恋を話して聞かせた。
「その人族の娘の恋を叶えてあげたいのね。素敵な恋愛物語だわ、私にも何か協力させてちょうだい。」王妃様は乗り気だった。
「だったらお母様、マサエが無事にギランに嫁いだら、いろいろと支えてあげて欲しいの。ギランが侯爵家を継がないとは言っても、マサエが侯爵夫人にならないとしても、魔族の里で人族の嫁が暮らすのは大変だと思うわ。」
「分かりました、この母に任せておきなさい。」
「お母様、キラ侯爵夫人とはお知り合いでしたね。」
「そうね、同じ力自慢の脳筋男を夫に持つ同士、とても仲の良いお友達だわ。」
「その奥様の説得をお願いできませんか?」
「あの方は、魔力が強かったからキラ侯爵に嫁がされたのよね。でも、判り易い男だけど誠意をもって接してくれたので、夫を愛するようになったと話してくれたわ。今では、キラ侯爵を上手に尻に敷いていて、子供らも立派に育て上げたわね。」
なるほど、そんな侯爵夫人だったのか。ならば話が通じそうだと、クレアは考える。私とも気が合うかもしれない。
「多分、大丈夫よ。」王妃様は、ボットの画面の向こうから微笑んだ。
「聡いあの方のことだから、きっとギランの恋に気がついて、応援することでしょう。」
(続く)




