その5 牧場の胎動
俺とタダシは、ギランの案内で魔動機に乗り、侯爵領の外れにある群竜の牧場に移動することにした。そして、何故だかまたギランの妹も一緒についてきた。
この魔動機もタローのボットが動かしているのだが、キラの屋敷に置いてきた別のボットのタローはと言えば、これからキラ侯爵とホムを乗せた馬車に付き添って、魔王様に謁見することにしたそうだ。相変わらずの並列処理ぶりだな。
キラ侯爵は護国卿としての地位のほかに、魔王様から魔人捜索の命も受けている。失われた魔動機捜索の方針が決まった以上、確かに魔王様には報告を入れておくのが筋だろう。
何だかこの頃のタローは、俺の三人の嫁が活用し始めたばかりか、ウィルや魔王様やキラにも便利に使われているな。いやタローの側から、積極的に手伝っている感がある。これは良い事なンだよな?
◇ ◇ ◇
ギランの牧場では、群竜の飼育区画は細かく仕切られていた。
草だけを食わせて育てる草食飼育区、肥育の後期に屑穀物を食べさせる穀物飼育区、これらは去勢した雄と雌との放し飼いだ。
そして、繁殖区。ここには多くの雌の中に、去勢しない雄を数頭入れて、自然交配させている。ここで生まれた有精卵を孵して、世代交代を進めるのだ。
牧場の中央には、ギランが召喚した例の銀色のスライムが、陽光を反射して輝いている。あいつが、この牧場の象徴たる竜の見張りと言うわけだ。あいつの放射する魔素の波動のせいで、群竜は大人しく草を食むのだからな。
「どこまで肥育すると効率的なのか、家畜に詳しい姉の意見を参考に、ギラン様と相談しているところです。」タダシは嬉しそうに俺に説明する。
飼育期間を長くするほど、一般的には飼料効率、つまり同じ量のエサを与えて得られる肉量の割合は低下する。しかし、肉質自体は成熟することで旨味を増す場合が多いから、付加価値は上がる訳で、どこで肥育終了とするかは考え処だ。
自家用なら兎も角、商品として流通させることになれば、ある程度まとまった量の生産を維持しなければならない。
数頭単位で群分けして、ある程度の肥育期間で一斉に肉にしてしまい効率を追求する考え方もあれば、例えば一部を長期肥育して、特選肉として売り出し、販売単価を上げる方法もありそうだ。サホロ郊外で家畜を飼うタダシの姉マサエが、二人といろいろ協議を進めているらしかった。
合成食品で育った俺からしてみれば、実に贅沢な話だが、この惑星の食料事情はまだ天然物で十分に賄える水準にある。つまり高次消費者たる人間の個体数が、まだこの星には少ないのだ。
やがて、天然物では人口を支えきれなくなり、必然的に合成食品に頼らざるを得なくなるまでには、この星はおそらく数世紀の時間がある。それまでは、旨いものを食べておけと、俺は考える。この星で、本物の食事を初めて知った俺の、せめてもの願いなのだ。
◇ ◇ ◇
あっという間に、楽しかった生き物観察の時間が過ぎて、言い渡されていた昼食の時間が近づいている。俺たちは、名残惜しい気持ちを抑え込んで、再びキラ侯爵家の屋敷に戻ってきた。
キラのオヤジは、魔王様への謁見を済ませて戻り、上機嫌だ。失われた魔人の魔動機を是非とも発見せよと、大いに背中を押された由だ。
侯爵家の昼食に呼ばれ、キラの親子五人と共に囲んだテーブルには、その群竜の肉料理が並べられた。
成獣の肉は、まだ雑食だった頃の影響が残っていて美味くないそうだが、この日に供されたのは卵から生まれて三ヶ月肥育された雛の肉だという。
あっさりとした鶏肉を思わせる味わいの中に独特のコクがある、これも侯爵領産だというハーブを利かせた料理は、なかなか旨いものだった。
「最近は、人族の食習慣に学んで、我が家でも調理技術に拘りはじめましてな。昔は、肉は火に炙るだけと決まっておりましたが、この料理は人族の教えを受けたものなのです。」キラのオヤジの自慢話が始まった。
「お父様ったら、当家の料理人を人族の里に送って勉強させているのですよ。でも、こうして今までにない美味しいお食事ができて、私は喜んでおりますの。人族との交流は、楽しいものですわ。」ギランの妹が、そう言うとタダシを見て笑顔を見せた。
「貴族の間では、人族の真似をするなど魔族の堕落だと言って憤るものもおりますが、そんな奴らには魔獣の肉を齧らせておけば良いのです。」キラのオヤジは、ワハハと笑う。
こんなところからも、魔族と人族の交流が始まっていたのだな。この流れは、大切にしなければと、俺は感じていた。
(続く)




