その2 ギランの悩み
その頃、ギランは群竜の牧場にいて、一人 頭を抱えていた。
人族の里に通って家畜の飼養管理を学ぼうと、引き合わされたタダシの姉に教えを乞ううちに、ギランはこの人族の娘に強く惹かれるようになっていた。
家畜の行動を観察して、彼女は常に正しく状況を把握し対応できた。てきぱきとギランに対しても指示が飛んでくる。自分と同じで生き物が大好きで、楽し気に家畜の世話をするこの快活な娘に、ギランは魔族の女性にはない輝きを感じていた。
魔法こそ使えないが、それを補って余りある魅力がこの娘にはあった。日に焼けた明るい笑顔、きびきびと働く伸びやかな肢体、そして周囲を巻き込む行動力。
本来は気が優しく率先して動くことの苦手な自分を上手にリードしてくれる、この娘との共同作業がギランにはことさら楽しく思えたのだった。
父を継ぐべく日々の鍛錬に忙しかったギランは、これまで年頃の女性に接したことが少なかった。恋などしたこともない。いずれ、魔力に優れたどこかの貴族令嬢が、嫁候補として用意される事になる。そして彼自身の強い魔力も、次世代に継がねばならないのだ。
それなのに、こともあろうか初恋の相手が、魔法が使えない、魔力がまったくない人族の娘とは。
群竜を飼育する試験牧場までは、父親からの許可を得ることができた。何一つ趣味もなく、親の指示に従って厳しい鍛錬に努めてきた息子の初めての我儘を、父は聞いてくれたのだ。
だが、護国卿を継いでしまえば、趣味の牧場経営などできるはずもない。あと数年だろうか、父から地位を継ぐまでの楽しみにと考えていたが、まさか群竜のその先に恋人が現れるとは思いもしなかった。
この娘と結ばれるには、公爵家の長男としての地位を捨てなければならない。かと言って家を飛び出すなど乱暴なことは、実直なギランにはできなかった。弟のクリムに家督を継がせるのが理想的なのだ。
あいつは俺と違って活発だし、何事も如才なくこなす。剣の腕は俺より上で、魔法も俺に肩を並べるところまできている。将来は護国卿となった俺を助けて働いてくれるはずだったが、そのクリムの方が護国卿には向いていると兄としては思うところなのだ。
本人に告げれば、おそらく二つ返事で引き受けるだろう。
問題は両親をどう説得するかだ。人族の娘マサエに惚れたなどとは、口が裂けても言えるものではない。あくまでも群竜牧場に専念したいと伝えることだ。実際に手応えを感じているのだ、この事業は大きな将来性がある。
母上は、理解してくれるかも知れない。問題は父上だ、伝統を重んじる父上を如何に攻略するか、頭が痛い。長男が家を継ぐべきだ!と、一喝されるのが目に浮かぶ。
だが真面目なギランは、あくまでも正攻法で臨みたかった。父を説得するのだ。そうして牧場経営も、公爵家の仕事として認めさせねばならない。
魔人の加護による群竜飼育を、公爵家の事業として世に問う必要がある。そうしなければ、事業化には大変な時間がかかると踏んでいるのだ。
マサエには、俺を信じて待っていてもらおう。必ずお前と共に、牧場を経営する未来に漕ぎ着けよう。そう決意を新たにするギランだった。
◇ ◇ ◇
マサエを帰した後で、クレアは行動を開始した。
まずはタローだ。ボットに声をかけると、その表面に画面が灯った。
「タロー、今の話は聞いていたわね。」
「ああ、ギランはどうするだろうな。家を選ぶのか、彼女を取るのか。」
「あら、マサエを応援するわよ、タロー。力を貸してちょうだい。」
「うむ、クレアがそう言うのなら手伝うとしようか。」
「最近、キラ侯爵の魔動機を同化したと聞いたけれど、」
「そうだ、今までも数回、侯爵家の家族を乗せて飛んでいる。いつでもキラ侯爵家の面々とは、ボットを通じて話ができるぞ。」
「ギランは長兄よね、確か弟がいたと記憶しているのだけれど?」
「二つ違いの、クリムと言う弟がいるな。」
「そのクリム、出来はどうなのかしら?」クレアは、まずキラ侯爵家の情報収集から着手するようだ。
「その弟のクリムは、ギランの代わりが務まるかしら?」
「私には魔素が測れないので、侯爵家の家族の会話から推察するしかないが、ギランと同様にクリムも魔力も高く剣技にも優れているようだな。」
「クリムには、決まった相手がいるのかしら?」
「奥手の兄とは違って、既に許嫁がいるらしい。」
「その彼女について情報はある?」
「王家の血筋だと、話を聞いた事がある。」タローの記憶力は、女神が用意したメモリに裏付けされていまや無限大だ。ボットのマイクが拾った会話は、すべてタローの中で紐つけられた情報として整理されているのだった。
「王家ね、何か母上がご存知かしら? じゃあ、魔王国の執務室に繋いでちょうだい。そのあとで、ギランの母上ともお話しておきたいものね。」クレアの企みは、着々と進みつつあるようだ。
(続く)




