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その3 もたらされたもの

午前の患者が一段落したところで、治療院を一度閉める。昼食と昼休みの時間だ。

食堂には、学校で低学年を教えているタダシの姿が見えたので、俺は先程のギランの報告を知らせておいた。

「へえ、無精卵を産みましたか。これからが楽しみですね。先生!」タダシは嬉しそうだ。今度また一緒に、ギランのところに遊びに行こうと約束した。


大勢での昼食が終わり、クレアが後片付けを終えて戻ってきたところを、俺は呼び止めた。

「クレア、ちょっと手を貸してみろ。」クレアの左右の手を取ると、俺の右手から光の波動を、左手から闇の波動を、ちょうど同じ強さで流してみた。簡単に見えるが、これは光と闇に精通した賢者でなければ出来ない技だ。以前、師匠にも同じことをされたのを思い出したのだ。


クレアの右手から光の波動が、左手から闇の波動が、同時に同じ強さで俺に返ってきた。そして、その強さにはいささかの減衰もない。これは間違いないな。クレアの体の中の、魔素の流れに滞りがなく、しかも光と闇の波動が等価である証拠だ。

「クレアお前、賢者として覚醒したな。」

クレアがハッとしたのは、何か思い当たることがあったのだろう。


「俺の経験では、体の調子が整った気がして、それまで感じていた体内の魔力の揺らぎがなくなった。光と闇の波動が共鳴して、魔素の循環が高まった証拠なのだそうだ。」


「はい、旦那様。私も、今日起きたら体が軽く気分が晴れておりました。確かに、体の芯でいつも揺れていた魔力が、今は感じられません。」

「揺らぐのは魔力が強いからだが、半面で光と闇の波動が共鳴していなかったせいだ。お前は、賢者の高みに達したので、揺らぎが消えたのだよ。」


クレアは、両手を自分の胸にあてた。魔力を感じ取ろうとしている。そして、ウンとうなずいた。

「魔力の揺らぎのない境地、研ぎ澄まされた心と体、これが賢者の悟りなのですね。」

「今日のクレアの回復魔法は、やたらとキレがいいなと横目で見ていたのさ。より少ない魔素で魔力を行使できるし、同じ魔素量なら振るえる魔力が増大する、と言うことになっているはずだ。」


「でも、人族の里では、せっかくの賢者の力もあまり役に立たない気がします。もっと旦那様をお助けしたいのに。」

「十分に助けてもらっているさ。魔素量が大きなお前が、賢者になったんだ。もうお前に敵う者はいないだろう。美しくて可愛くて、頭が良くて魔力では敵なしの嫁がいて、俺は嬉しいよ。これからも俺を助けておくれ。」

もちろん、そう言ってもらいたかったのだ。クレアは、俺にギュウと強く抱きついてきた。


 ◇ ◇ ◇


治療院の仕事も終わって夕食の後で、俺は自室にタダシを呼んで、キラ侯爵領行きの相談をしていた。例のギランの群竜牧場を見に行くのだ。


タダシは、つい最近 死んだ親父がいた騎士団宿舎から、残された家族と共にこの治療院の職員宿舎に引っ越してきた。今では、学校で低学年を教えるかたわらで、新しく開講した高学年向けの博物学を受講して、その講義内容の検討を含めた学校の仕事を手伝わせている。


宿舎では、この治療院を手伝う家政婦の母と、そして郊外の農場を手伝う姉との三人暮らし、いや姉は最近 牧場に住み込みになったと聞いたっけ。先日も、ギランを連れて行ったばかりだ。タダシと同じ動物好きで、ギランともすぐに打ち解けたようだった。


「ジロー先生、群竜の雌が無精卵を産み始めたのは、やはり人為的な育種改良の証拠なのですか。」

「そう考えて、いいだろうな。」

「早く食べてみたいですね。」

「いや、まだ少し味に癖があるらしいぞ。飼い慣らして、世代を超えてからの方がいいかもしれないな。」そんな話をしていたら、部屋の扉にノックがあった。


扉を開けて、クレアとカレンが入ってきた。二人とも、タダシがいるので黙ったままだったから、

「じゃあ先生、俺 帰ります。また明日。」タダシに気を使わせてしまった。


明日は、治療院はお休みの日だ。昼からでもゆっくりと、キラ侯爵領に搭載艇で出かけることにしよう、と言って、俺はタダシを送り出した。


二人の嫁を長椅子に座らせ、俺は座っていた椅子をくるりと回して二人に向き合った。何となく用件が分かったような気がした。

「旦那様、カレンも妊娠しておりました。」

やっぱりか。クレアの診断なら、確かだろう。あの群竜戦の日の夜だな。

生物は、危機を乗り越えて自らの安全を確信すると、繁殖衝動が一時的に増す(諸説あります)と言う。

あの修羅場をくぐったカレン、クレア、そして俺も、戦いの疲労に気のたかぶりが相まって、今から思えば前頭前野の働きが弱まり、生き物の血が騒いだのだ。


俺は、カレンを立たせて抱きしめた。

「また苦労を掛けるな。大事にしてくれよ。」今日二回目の台詞だな。

「また旦那様の子が産めます。とても嬉しい。」と、俺の腕に抱かれたカレンが言う。獣人族では、多産は美徳とされる。自らの血筋の繁栄を喜ぶのが、彼らなのだ。

あの群竜戦がもたらしたもの、それは俺の子供二人とクレアの賢者覚醒だったわけか。


 ◇ ◇ ◇


その夜は、サナエが俺のベッドにやって来た。

「これで、しばらくは、ジロー先生は私のものね。」

サナエは、まだ赤子に乳を与えているせいか、月のものが再開していない。プロラクチンの分泌濃度が高いままなのだろう。


来年は、またしても三人揃っての出産はないな。そんな事を考えながら、俺はサナエを抱き寄せていた。

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