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その1 嫁たちの朝

寝過ごしたらしい。

廊下の向こうから物音が聞こえてくる。サナエたちが朝の支度(したく)を、もう始めているのだろう。

以前は、サナエを手伝うのは私だけだったが、最近になって旦那様が家政婦を二人連れて来てくれた。とても助かっている。それと言うのも、ここ治療院で食事を取る関係者が、最近になってどんどん増えてきたからだ。


治療院だけではない。隣にある学校の、まだ独り身の関係者などもやってきて、朝・昼・晩と食卓を囲む。住み込みの家政婦にも家族がいるので、一緒に食べる。もちろん旦那様も、私たち三人の嫁も、そして今では七人を数える可愛い子供たちも食事をする。


私はベッドから上半身を起こして、室内を見渡した。

その七人の子供たちは、すやすやと寝入っている。カレンのベッドは(から)だ。カレンも、もう朝練あされんの指導に出掛けたのだ。


私たち旦那様ジローの三人の嫁は、いつもこの部屋で子供達と一緒に寝起きしていた。三年前にまずサナエが男の子を、次いでカレンが男女の双子を、そして私が男の子を産んで、一気に赤子が四人となった時からの習慣だった。


三人とも初産ういざんで、親族が身近にいなかったものだから、治療院の産婆たちの助けを借りながらも、悪戦苦闘の育児に追われたものだ。そこで、嫁三人が協力して互いの四人の子供をまとめて世話する体制を作ったわけだ。

そして去年、サナエは男の子を、私は女の子を、カレンは男の子を産み、これで子供は七人となっていた。


去年生まれた子供たちは、それぞれ一歳を過ぎて乳離れの時期にいた。

獣人カレンの子は、固形物を口にするようになったら、すぐに乳を欲しがらなくなった。私の二人目の子も、一歳に届く頃に断乳ができた。


サナエの子だけは、去年最初に生まれたにもかかわらず、まだ離乳食と共に乳を欲しがるらしいし、サナエは欲しがるまでは与えるのだと言う。サナエらしいなと思う。


 ◇ ◇ ◇


どうして寝過ごしたのだろう、そう考えてクレアは自分の体が少し熱っぽい事に気がついた。ゆっくりと下腹部に手を当てて、光の波動を流して生体スキャンを試みる。徐々に深度を増して、子宮の位置まで波動を降ろしていくと、そこに紛れもない命を認めた。

着床している、三人目の子を授かったのだ。ほうと息をついた。


きっとあの夜だ、と思い至る。

群竜戦でカレンが負傷したあの日、クレアはその夜の旦那様を、感情が昂ったままのカレンに譲った。


しかしクレアも、心の騒ぎを抑えきれなかった。大切なカレンと旦那様を、押し寄せる群竜から守ろうとして、最大出力の攻撃魔法を打ちまくった。

自身の膨大な魔素を使い果たすほどの連続攻撃、疲れ切ったものの、負傷したカレンを守り抜いた安堵感と達成感を抱えて、弾み乱れる心のままにクレアは翌日の夜ジローの部屋を訪ねて、激しくジローを求めた。あの夜の営みを、クレアは思い出していた。


ひたいつのを持つ魔族の私が、咄嗟とっさに使ったのは光属性の波動だった。気がついてクレアは、少し可笑おかしかった。

もう最近では、回復系魔法に光属性を意識せずに使っている。ここ人族の治療院で、治療士として働き始めたせいで、そしてそもそも最初のジローの子を身籠みごもった時から、闇属性しか使えなかった魔族の皇女クレアは、光属性への親和性を増してきたのだった。


今では、光属性も闇と同等の出力で駆使できる。そして最近は、そのせいで下位の元素魔法が洗練されてきたことも実感していた。先日の群竜戦で放った攻撃魔法は、我ながら会心の威力だったものだ。


そう言えば、いつも体の芯で揺らいでいる魔力を、今日は感じない。シンとして、澄みきった感覚がある。体は、妊娠したせいか僅かに火照ほてっているけれど、それは別にして体調はとてもいい。全身が鋭利に研ぎ澄まされたようだ。こんな感覚は、今までには無かったことだ。


身支度をして、寝室の扉は開け放したままで、クレアは台所に向かった。扉を開けておくのは、子供らが起きて泣き出したときの用心だ。

台所には、朝食を支度する匂いが立ち込めていた。その匂いで明確な空腹を覚えた自分に、クレアは驚いた。本当に今日は不思議なくらい体調がいい。

「皆んな、お早う。遅くなってごめんなさい。」さっと周囲を見回して、自分のやるべき事を見つけると、体がキビキビと動き出した。


料理を盛りつけた皿を、食堂のテーブルに並べる。

ジローが起きてきて席につく。カレンが朝稽古の後の朝風呂を終えて、首にタオルをかけた姿で現れる。皆で、イタダキマスをして、朝食が始まった。その後も、パラパラとメンバーがやってきては、お早うございます、イタダキマスの声が飛び交う、いつもの朝食風景だ。


三人の嫁たちは、自分の食事を終えると、食堂に連れてきた子供たちに食事を与え始める。それが終わると、サナエは去年生まれた二人目の子タケルに乳を含ませる。


クレアが、その横に座った。ふわりと乳飲み子の匂いがした。

「サナエ、私 三人目を身籠りました。」と、第一夫人に報告をした。

「えっ、あら おめでとう!」サナエがニッと笑ってみせた。「きっと、あの晩ね。」と言われたから、サナエにも想像がついたのだろう。


あの夜、サナエが目配せをしてくれた。今夜はクレアがジローのもとに行け、と。

同室で眠る三人の嫁の間では、旦那様のぬくみが欲しい時の互いの気持ちが知れている。言葉を交わさずとも、眼で見て、互いにうなずくだけで事足りるのだ。


「三人目は、先を越されちゃったわね。」サナエは、我が子に乳を含ませながら、そう言って笑った。(続く)

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