その3 相変異
ウォーゼルの父親バーゼルが子供の頃に、こいつらの卵は美味いと親から聞いたことがあったそうだ。」これは、俺がバーゼルから直接聞いた話だ。バーゼルが親から聞いたとすれば、飛竜が群竜の卵を食べていたのは数百年も前のことだろう。
「戦った奴らは、えらく生臭かったがな。」とウィル。
「多分、今は野生化して雑食だからだろう。こうして草を食わせて太らせたら、肉も卵も食えるのだろう。昔住んでいた里では、草食動物に澱粉質の多いエサを食べさせて太らせ美味くする穀物肥育と呼ばれた飼養技術もあった。」とまあ、これは俺が母星の教科書で学んだ知識だ。
「そして、オスは去勢していただろうな。俺の里では山羊を飼っているが、オスは子供の頃に去勢すると、性格がおとなしくなるし肉質も良くなる。何より、乳を搾るメスと一緒に飼う事ができるしな。」ウィルが続けた。
俺たちの話を、ギランが興味深そうに聞いている。
「我ら魔族は、肉と言えば獣を狩って手にするものですが、人族は家畜から肉や卵を得るために、いろいろと工夫するのですね。実に面白い。」
「ギランは、生き物が好きだもんな。お前、この群竜を飼ってみたらどうだ?」ウィルは弟分のギランをからかったつもりだったが、ギランは本気に捉えたようだ。
「私なら、竜の見張りを召喚できますからね。やってみても良いものか、父上に尋ねてみましょう。」興味津々のギランだったが、これが後継者騒動のきっかけとなるのは、まあ後の話だ。
◇ ◇ ◇
学校を手伝ってくれることになったタダシには、さっそく小型ボットを一つ貸してやった。タローとは常時接続だから、質問をすればいつでも返事がある。まずは、タダシの知りたいことを実際にボットで収集して、授業の方向性を決めたいと考えたのだ。
タローには、生物学と医学のデータベースが備わっている。もともとは恒星間学術調査船ゾラック16に搭載されたAIのコピーだから、搭乗するクルーに合わせてそれぞれの専門分野のデータベースが移されている。
しかし、例えばオルが使っていた重力工学や宇宙船推進機構の専門知識などは、コピーされなかった。これはメモリ容量の関係だ。今のタローなら、全分野の知識を飲み込むことができるのだろうな。
俺は搭載艇の中で、相変わらず群竜のウロコのDNA解析を続けていた。
三つの群れからサンプリングできたのだが、これらは共に似通った遺伝形質を持っていた。明らかに、育種による選択圧が掛かっている証拠だ。
「頻度の高い遺伝子特定変異がある。」データを解釈したタローが、指摘してきた。
「これは筋肥大に関わるDNAだ。どうやら食肉目的の家畜だったのは、間違いがなさそうだな。」俺も、その結果を見て納得した。
俺の横にはタダシがいて、俺と同様にディスプレイを眺め、タローの声を聞いている。こいつには、いろいろな経験をさせてやろうと、最近の俺は時間が許せばタダシを連れていた。しかし彼には、俺とタローの会話の意味は分からなかったろう。だが、今はそれでいい。
「僕は、今日に備えて、遺伝子のことを必死にタローから聞きました。頭が破裂しそうなほど、いろいろな事を勉強しましたが、今の話はまったく分かりません。」
「そうだな、今の話はちと難しい。まあ、焦るな。お前なら、そのうち理解できるようになる。」俺は、悔しがるタダシをなだめた。
理解できない自分を悔しがる、もっと知りたいのに、と焦る。これは、学問には重要な動機づけなのだ。タダシを見ていると、昔の俺を、知識を渇望していた頃の俺を思い出すな。
「ジロー先生、あの群竜は魔人の家畜だったのに、どうして狂暴になったのでしょう? 色が違うのも何故ですか?」
「生き物の中には、稀に生活環境に応じて姿を変える奴らがいる。俺たちは相変異と呼んでいるんだが、」
「群竜は、魔素を感じ取れない環境に置かれると、互いに身を寄せて、群れで移動を始める習性があるらしい。あの狂暴な群竜は、移動型に変わった姿だ。魔人がいた頃のこの星は魔素で満ちていたはずだから、魔人は知らなかったかもな。」
タローが続けた。「相変異する動物が移動型になれば、性質が狂暴化し、体の作りも体色も変化する。何でも食うようになって、魔素が濃い環境に落ち着くまでは移動をやめないのだろう。」
「あの大きな翼だって、移動型に特有かも知れないぞ。おとなしい草食獣には、あんな翼は必要ないからな。」俺も、考えていたことを口に出してみた。
ギランが、群竜を飼育してみたいと言っていた。例のスライムを置いて、魔素の濃い環境で育てられた群竜は、きっと世代を重ねるほどに従順でよく肥える草食動物に戻るのだろう。あの翼もなくなるかもしれない。俺は、そんな気がしているのだ。
(続く)




