その2 飼育実験
タローが見つけてくれた、小規模な群竜の集団。
ここは、ウィルの治める南の里近くの山中だ。温泉が湧いているので、僅かな魔素が噴き出ているのだろう。数十頭の群竜が集い、ときおりギャオギャオと鳴き交わしている。
黒いウロコに覆われて、同じような背格好。例によって見分けはつかないのだが、こいつらは先日戦った奴らよりおとなしい。あまり狂暴性を感じないのだ。
今回の実験には、俺とウィル族長、その弟分でキラ侯爵の息子ギラン、彼の執事を自任するホムが同行している。群竜の上空に浮かべた俺の船、操縦室は広くはないがもう一人乗れるので、俺はタダシを同行させていた。
「では、ボットを出すぞ。」タローが船の後ろから、小型の探査ボットをポンと射出した。ボットは、群竜の頭上 数メートルで停止する。
「融合炉のプラズマ温度を下げるぞ。」
さあ、いよいよ実験の開始だ。
するとウィルとギランとホムが、顔を合わせて頷いた。人族の俺とタダシには感知できない魔素がボットから放出され、彼らはそれを肌で受け止めているのだ。
群竜共の動きが、徐々に緩慢になってきた。鳴き交わす声も、聞こえなくなった。
しばらく観測するうちに、彼らは歩き回るのをやめて寝そべり、日向ぼっこを始めたようだ。
「ジローの生き物係としての直感は、どうやら正しいようだ。」タローは、そう言うと、「地上に降りてみよう。」と提案してきた。
「そうだな、今のところ危険は感じない。」だが、念の為に剣は装備しておこうぜ。
◇ ◇ ◇
ゆったりと日光浴を楽しみ、のんびりと草を食む群竜。これが草食変温動物の、本来の姿だよな。ウィルが魂消た顔をしていた。
「これが、俺たちが戦った群竜か? なんだか穏やかだし、体色も違ってきたみたいだな。」
タダシは険しい顔だ。お前の父の敵だもんな。だけど、俺たちが相手にした群竜は、もっと猛々しく攻撃的だった。
「目の光が消えたな、明らかに攻撃性を失っている。」ギランの観察に、タダシが頷いている。ギランも生き物を見る目はあるようだ。
「ギラン様、体色が変わってきましたね。」真剣な眼のタダシ。
今の群竜は、濃い緑色だ。先ほどまでは、真っ黒と言っていい色だった。
「多分、これが本来の姿だ。昔、魔人が家畜として飼っていた、おとなしい草食動物の群竜の色だ。」俺の説明に、ギランも頷く。
「ウィル、撫ぜてみろ。」
「えっ、嫌だよ兄貴! 手を噛まれるぜ。」ウィルが拒むのを見て、ギランが前に出た。
「では、私が。」ギランは手を伸ばして、ごつごつした群竜の頭をそっと撫ぜた。
群竜は、撫でられるがままだ。ギラン、こいつなかなかキモが太い。そして、生き物が好きみたいだな。
よし、ここでもう一つ実験だ。
「ギラン殿、魔人の加護のスライムを召喚できるか?」
「はい、できます。」
「では皆んな、群竜を遠巻きにして、離れてくれ。」そう言って、皆を遠ざけた俺は「タロー、頼む。」ボットからの魔素生成を止めさせたのだ。
見守るうちに、徐々に群竜の態度が荒々しくなってきた。ギャウギャウと鳴き始め、眼の光が強まってくる。
「ギラン殿、召喚を頼みます。」
ギランが印を結ぶと、そこに現れたのは鉄の光沢を持ち、光を乱反射してプルプルと輝く巨大な銀色のスライムだ。その体内には、沸騰する膨大な魔素を抱えている。そして効果はてきめんだった。群竜は、たちまち落ち着きを取り戻したのだ。
「ギラン殿、このスライムを置いておくには、どのくらい魔力が必要ですか?」
「そうですね。いつでも動かせるように維持するには、かなりの魔素を食われます。ただ、ここで放してしまうのであれば、魔力を切れば済むことです。こいつはどこにも行きません。」
「放したスライムを送還するときは?」
「もう一度、魔力で接触してから送り返せばよいのです。」
「なるほど、ではここでスライムを放してあげてください。」
「分かりました。」ギランは結んでいた印を切ると、フウとため息をついた。
「ギラン、お前はこいつを召喚できたのかよ。」ウィルが驚いている。彼にとっては、十年以上も前に、魔人のダンジョンで出会って以来だものな。
「ウィル兄貴こそ、こいつを知っているのか?」
「ああ、まだ俺がガキの頃、ジローの兄貴と潜ったダンジョンでな。」
ここで、ギランに仕えるホムが語り始めた。
「このスライムを、古くは竜の見張りと呼ぶのが、ようやく納得がいきました。この者の本来の役割は、まさにこれだったのですなぁ。」
そう、魔人がこいつをダンジョンに据えて、階段の愚者と呼ぶ前に、このスライムの本来の仕事は、家畜化した群竜の守り役だったのだ。
「ああ、ホムがその名を教えてくれたので、気がついた。群竜は魔素を求めて群がる、そして魔素を浴びている分には従順な動物なんだよ。」俺は種明かしをしてやった。
(続く)