その1 戦勝会
群竜の掃討作戦は終わった。
五百頭を超える群竜の死骸を、土魔法で作った穴に放り込んで始末した。俺はまた、ウロコのサンプルを大量に集めておいたことは、言うまでもない。
ウィルの里で簡単な戦勝式を済ませると、魔王国で護国卿親子とホムを降ろした。魔王様はボットの中継画像を見ていたはず、今更ここで挨拶に寄る必要もなかろう。ただ、キラのオヤジには、魔王様へ俺からの心からの感謝の言葉を託した。今回の共闘で、人族と魔族との距離はぐんと縮まったと思えるし、俺としてはギランと知り合えたのも嬉しかった。
凱旋したサホロの里では、夕方から里をあげての戦勝会が開かれる。場所はいつもの治療院の横の広場。つまり、録画した群竜戦の様子を、皆に見せようとの趣向なのだ。
やがて、料理と飲み物の用意ができて、里の有力者や騎士団関係者を始めとして、大勢が広場に集まった。
里長のマサミ親父が壇上に立つ。
「騎士団の皆が、無事で帰還できたことを喜びたい。群竜の脅威はまだ続くが、我々はそれに対処できることが示されたのだ。これからも我々は、この地に生きる種族の壁を越えて、協力を進めて行こうではないか。」会場からは、大きな拍手が巻き起こった。
「祝杯を挙げる前に、今回の功労者の一人ジローに、しばしこの場を譲ろう。」言われて、俺は壇上に上がり、一呼吸をおいて皆に語りかけた。
「勝利を祝う前に、聞いてもらいたい。先日の群竜との遭遇で、我らはこの里の騎士二人を失っている。商隊を守って命を落とした騎士達に、皆で黙祷を捧げようではないか。」
夕暮れを迎えた治療院の壁に、商隊を護衛する騎士団の様子が映し出された。カレンの商隊に同行したボットに、画像が残されていたのだ。二人の騎士の顔がズームアップされる。亡くなった二人への鎮魂、群衆が俺の合図と共に静まり返った。
◇ ◇ ◇
そして、戦勝会は始まった。
治療院の壁に、今度はウィルの里の直前で群竜を迎え撃った戦いが、様々な視点から映し出された。
上空から俯瞰した群竜の塊、搭載艇から指揮をとる司令部の面々、正面と側面から迎え撃つゲルタン、カレン、そして俺の分隊。
敵陣中央に炸裂する魔族が放った広域攻撃魔法、そして敵を掃討しながら進む、ギランが操るゴーレムの巨体。
俺が死にかけた場面も含めて凄惨なシーンは避けたのだが、タローが編集した動画は大変な迫力だ。
ゲルタンに導かれた若い騎士が、最後の一頭を倒したところで動画は終わる。会場には、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
◇ ◇ ◇
松明で囲まれた会場には、旨そうな匂いを立てて料理が並び飲み物が振舞われはじめた。
周囲と談笑していると、「ジロー先生!」俺を呼ぶものがいる。振り返ると、学校で教えている生徒の一人、タダシが立っていた。
真面目に学ぶ成績優秀な生徒で、特に生き物が、生物化学系が大好きな奴だ。今期で卒業するはずだから十五歳になったばかり、将来の教師として取り上げようかと考えているうちの一人だった。
「親父のために、皆んなで黙祷してもらって、有難うございました。」
えっ、お前の父親だったのか! 俺は、咄嗟に言葉が出なかった。
「そして、母も雇ってもらったと聞きました。」
そうだ、今並んでいる料理も、家政婦として雇った女性が、サナエたちを手伝っていたはずだ。
「そうだったのか、父上は残念だったな。」それしか言えない。
「あの日、ここで『大地と月と太陽』の映像を見ていました。僕は感動して、そしてもっと知りたいと思いました。」
「親父が仕事から戻ったら、高等部に進学したいと頼み込もうと思っていたんです。」
「そうか、お前が進学してくれれば、俺も嬉しいよ。」
「だけど、できなくなりました。親父が死んだので、俺も働かなくっちゃ。」
ふーん、勿体ない話だな。こいつは学校の将来にとって、必要な人材なんだがな。
「じゃあ、授業料は免除してやる。但し、学校を手伝え。どうだ?」
「えっ、僕にできることがありますか?」
「お前は成績優秀だからな、低学年の生徒なら教えられるだろう。そして、高等部では授業を受けながら、授業内容を都度に見直すための手伝いをしてくれ。お前には、授業の先も、その周辺の知識も教えてやる。」
タダシの顔が輝いた。
「初めての博物学講座だからな、生徒の反応を見ながら進めたいと考えていたところだ。働いた分の給金は、出すぞ。」
死んだ親父殿には気の毒だったが、こうして俺は将来の右腕になる人材を獲得できたのだった。
(続く)