その2 出陣そして戦闘
戦いを控えた俺とクレアは軽めの朝飯、カレンはいつも通りの量を腹に納めて、皆で騎士団宿舎に向かった。
出発に先立って、里長のマサミの親父から挨拶があった。マサミ里長は、既に壮年期を過ぎて老人と言ってもいい歳だが、里の者たちの人望が厚く、皆から「親父」と呼ばれて慕われている好人物だ。
親父が壇上から、歳に似合わぬ大きな声を出す。
「加護をくださる飛竜様、そしてクールツ団長以下、出陣する騎士の諸君。何よりも、無事の帰還を願っております。」
「この度の戦いは、飛竜族、人族、獣人族との連携をさらに強固にするものであり、過去には対立していた魔族との新しい明日を叶えるものである。存分に戦い、そして無事にここに戻って、皆で祝杯を上げようではないか!」
ウオ~と、熱気が周囲に満ちた。
サナエは、俺たちを前にして涙ぐんでいる。
「みんな怪我をしないでね。クレア、ジロー先生とカレンを守ってあげて。」
あれ? サナエさん。それって、俺に言う台詞じゃねーの?
「大丈夫ですよ、サナエ。私に任せておきなさい。」
ふーむ、クレアにも違和感なしか。確かに、この中で一番強いのはクレアだよな。それは分かっているけどさ、俺は少し悔しい思いがした。
俺の頭の中で、タローがハハハと笑いやがった。
皆で搭載艇に乗り込む。
船はあっという間に高度を上げて、魔の山に向けて飛び始めた。さあ、いよいよだ。里長の言う通り、魔族との初の本格的な共闘なのだ。気を引き締めろ、俺!
魔族の王国では、二人の皇子、護国卿のキラとギランの親子、そしてホムが、意気揚々と乗り込んできた。強面の魔王様と妖艶な王妃様に見送られて、船は再び舞い上がる。
狭い操縦室には、俺と二人の嫁、クールツ団長とキラ侯爵の五名でもう満員だから、皇子二人と残りの騎士は、図体の大きな飛竜とともに機関室の更に奥、ボット収納庫に詰め込みだ。申し訳ない。
魔の山を越え、カルデラ湖を越え、更に一つ山を越えて、小一時間で船は南の魔族の里に到着した。十四年前に、ウィルの魔人号に送られて、この里から旅立ったことを思い出す。
里では、息子のウィルに家督を継がせた前の里長が、まだまだ元気で、ギロリと目を剥いて俺たちを歓迎してくれた。
ゼーレ兄は、ボットを通して見るより少し老けた印象だな。白髪が増えたが、まだ背筋はピンとしている。今でも現役で、剣を振っているはずだ。
今はウィルの妻となった俺の娘スセリも、孫たちと共に笑顔で迎えてくれた。
魔王国の皇子たちは日頃から交流がある様子で、この里の魔族との話が弾んでいる。
交易が盛んになったのはウィルの働きだ。とは言っても、裏ではホム爺が支え、そしてクレアの画策があったことを、俺は知っているぞ。
皆で軽く腹ごしらえして、今度は俺の船とウィルの魔人号に分乗して、いよいよ出撃の時が来た。事前にタローが示したマップには、麓の平野からこの山腹にある魔族の里に向けて、群竜の集団がゆっくりと、しかし着実に迫ってくるのが見えた。
その数は五百余り。敵の陣形は、こちらに尖った楔形で、両端はかなり広がっている。
と、タローのボットが、群竜が歩いた後の地面をズームする。草木が根こそぎにされて、地面が露出していた。奴らは雑食だ、草木も、そこにいたであろう昆虫や小動物も、全てを食べつくして進んでくる。
俺が調べたところでは、奴らの消化管は長かった。盲腸も長く、その中では腸内微生物との共生が見られた。その構造を見る限り、多少の動物質も摂取できるようだが、生き物係として見れば、奴らは基本的には草食のはずなのだ。
それなのに、この有様はどうだ? 人を襲う、あの獰猛さは何なのだ? 今の奴らの状態は、明らかに異常に思える。
◇ ◇ ◇
迫る群竜の正面に、ゲルタンとバーゼル、三名の騎士、その後方にはアビオン皇子が位置についた。
両翼の二分隊は少し前進した位置で、右分隊はカレンとビボウ、三名の騎士、後衛にはクレア。そして左分隊が、俺とウォーゼル、三名の騎士、後ろにオーレス皇子。
そして敵の楔の後ろには、ウィルとヴリルとギランの分隊が、降り立つ頃だ。それぞれの分隊の上には、タローが操る小型ボットも浮かぶ。
これでは、万に一つも群竜どもに活路はないな。こちらとしては、死人を出さずに済ませられれば上出来だ。
敵の上空には、銀色に輝く搭載艇が浮かんでいる。そして、あれれ? その向こうの空、あそこに浮いているのは魔人号か?
「おい、タロー。お前、魔人号まで使う気か?」
「あの船には、せっかくウィル自慢の秘密兵器があるからな。奥の手というやつだ。」
そのうちに、ギャウギャウと喚き散らす声が近づいてきた。見渡す草原の向こうから、群竜の黒い波がゆっくりと押し寄せてくる。
上空の船から、そして各分隊の上に浮かんだボットから、クールツ団長の声が群竜の鳴き声に負けじと響き渡った。
「全員、抜刀して備え!」
俺は片手剣に、風魔法をヒュルヒュルとまとわせた。今頃は、正面分隊ではゲルタンが、後方の分隊ではウィルが、共に紅蓮の魔剣を赤く励起させたことだろう。
右翼のカレンが、背負った大剣をスラリと引き抜き、これを鈍色に光らせて不敵に微笑むのが目に見えるようだ。
群竜の波が、ますます接近する。もう、一頭一頭が見分けられる距離だ。
ここで今度は、魔族の護国卿キラのオヤジが上空から叫んだ。
「後衛の魔導士は、敵陣中央に魔法攻撃を放て! 迎撃を開始せよ!」
(続く)