その1 討伐の前日
翌日の朝、俺はクレアとカレンを連れて、騎士団を訪ねた。
討伐戦を明日に控えて、クールツ団長は参加する騎士を九名選抜していた。
後方のウィル分隊では、他にヴリル、そしてゴーレムを召喚するギランで十分だとして、騎士の配置は不要とされた。正面と両翼の三分隊には、それぞれ三人の騎士が配置となる。
明日は皆でウィルの里に集まり、昼に作戦開始だ。
この里からの出発は、その二時間前となる。こちらからは、クールツ団長とハンネス副官、選抜された九名の騎士、竜騎士としてはゲルタン、カレン、そして俺。飛竜はバーゼルと、ウォーゼル・ビボウの夫婦。そしてクレア。
途中の魔王国で、二人の皇子と護国卿の親子を拾い、そしてホムも同行する。何とも大人数だが、移動手段は搭載艇しかない。飛竜で飛んでいたのでは、ウィルの里は遠すぎるのだ。
狭い操縦室には入りきらないから、本来の使い方ではないが船体後部のボット格納庫の空きスペースに、飛竜と大半の騎士には乗り込んでもらう事にしよう。かなりのボットが出払っているので、空間だけは十分にある。
明日はまたサナエに、子供七人と十二匹のチビ竜を預けることになるな、と考えていたら、クールツ団長が俺に二人のご婦人を紹介してくれた。先日頼んでいた家政婦を、引き受けてくれる方々らしい。
聞けば、先日の群竜戦で戦死した騎士二人の奥様だった。殉職した騎士の遺族には、僅かばかりの慰労金が騎士団から支払われるそうだが、それだけで生活していくことはできない。未亡人の仕事場として、団長は俺の治療院に世話したいと言ってくれたのだった。
本来ならばサナエに引き合わせて決めるところだが、同行したクレアとカレンが人柄を認めたので、俺は二人を治療院に連れ帰った。
既に開いている治療院で忙しくしているサナエに声をかけて、二人の新人家政婦は嫁たちに任せることにした。
今日の治療院は、幸いにしてヒマだった。俺は、搭載艇にこもって、群竜のウロコのDNA解析を進めることにした。
そして結果は、予想通りだった。
子爵領を襲った群竜も、俺たちが戦った群れとの遺伝子差異は、ほぼ無い。船内の分析装置は全てタローが操作しているから、結果はタローも理解している。
「遺伝子の差異が無い。離れた二つの群れで、このような事が起きるものなのか?」
「種としては、もちろんある程度の遺伝的な均一性や類似性が必要だ。集団内で、ある範囲で遺伝子変異が固定されていないと、種とは呼べないからな。だが、これは度を過ぎている。」
「生き物係のお前が好きな『多様性』に乏しい、のだな?」
「そうだ、まるで目的があるような選択圧を、そう、家畜化された形跡を感じる。」
「人為的な選抜、つまり育種と言うことだな。」
「人族は、既に家畜を持っている。犬に始まり、羊、鶏、牛、豚、馬などがそうだ。これは、人為選択と近親交配によって品種化が進められた結果だ。だが竜を家畜にしたことないはずだし、そもそも人族には体力的に無理だろう。」
「竜族を家畜化したのは、人族ではないと?」
「飛竜や白竜など上位の竜種は、地上生活には縛られず空を選んだ奴らだろう。家畜を育てたとは考えにくい。そうなると、答えは一つだ。」
「魔人族だな。」
「ああ、群竜は魔人族が選抜育種した家畜だったのではないか、と考えている。」
「あんな狂暴な動物が家畜だったのか?」
「野生化する前は大人しかったのかも知れん。或いは別な要素があるものか。」
「そもそも、奴らは、なぜ襲ってくる?」
「奴らは魔素に引き寄せられる、とウォーゼルが言っていたな。」そう、昔は魔素の濃い場所の取り合いで、飛竜と群竜が争ったと聞いたことがある。もっとも、いつも飛竜の勝利に終わるそうだが、
「奴らは、飛竜と同じで生命維持に魔素が必要なのか?」
「いや、調べてみたが、魔素を汲み上げる細胞内小器官は未発達だった。人族と同じで、退化したのかも知れん。」
「魔素が不要なら、なぜ魔素に寄ってくる?」
「ご主人様の魔人が、魔素に富んだ場所に住んでいたから、かもな。つまり魔人に懐いたんだ。」これは俺の冗談だ。
「懐かれた家畜に襲われたのでは、たまったものではないぞ。」タローも冗談を返してきたか。
「まあ、魔人なら対処できたのかも知れないな。」
◇ ◇ ◇
その夜、俺の部屋には上機嫌のサナエがやってきた。
あの二人の家政婦は、俺の嫁たちより十数歳年上だ。良く仕事を覚え、子供の世話も上手いそうだ。自分の子らを育てた経験が生きているのだろう。
「あの二人がいてくれれば、とても助かる。私も、もっと子供を欲しいかなって、」そう言って、サナエは俺に甘えかかってきた。
明日は群竜戦だ、ほどほどにと考えながらも、俺は可愛い嫁を抱き寄せていた。
(続く)




