上映会の夜
今日は、この里で月に一度の映写会の日だ。
商隊の馬車が周囲の里を行き来する様子、それを護衛する騎士団の活躍。
里の皆にも見せてやろうと、俺が企画した第一回は大成功だった。
そもそもこの里の住民は、いやこの星の人類は、動画を見たことなどない。
写真の概念すらないこの世界で、壁に投影される動く絵は、大ウケ間違いなしのイベントだ。あの魔法で動く絵をもっと見たいとの声に押されて、この催しが定例化したわけなのだ。
夕暮れ時から映写会は始まった。
俺の治療院の白壁に、ボットからの映像を大写しにするのだ。
会場には、今ではサワダ商会が声をかけた里の商店が集い、食べ物や飲み物を提供する屋台が並ぶようになって、毎回たいそう賑やかだ。
映写するネタは、多彩だ。
相変わらず、商隊の動画は最大の人気を誇っていたが、俺が密かに博物学シリーズと名付けた動画群も、そこそこ需要があった。
良く晴れた日を選んで、ボットが遥か上空から見下ろしたこの北の島の全体像。遠く南に連なる島々、その海峡を泳ぐ魚や鯨の群れの画像は、素晴らしいスペクタクルな出来栄えで、海を知らないこの里の皆を魅了した。
遠くに聳える火山の、その煙を吐く火口に降下していくボットからの接写動画は、煮えたぎる溶岩の迫力が大自然への畏怖を皆に届けた。この博物学シリーズは、完全に俺の好みを反映させたものだ。
俺は回復魔法が使える治療士として治療院で働きながら、併設した学校では里の子供らに読み書きと計算を教えてきた。十年以上が過ぎて、成績優秀な生徒を取り上げて先生役を数人仕込んできたから、もう俺が教壇に立たなくとも学校は回して行ける。
そこで俺は、そろそろ教育課程を高度化させて、今年から博物学ともいうべき科目を立ち上げようと考えていた。
将来的には、これを天文学、地学、化学、生物学などに細分化して自然科学群として整理したい。そしていずれ物理学を立ち上げたら、いよいよこれに親和性の高い純粋数学の科目を学校での学びに確立したいと考えているのだ。
えっ、全ての科学の母である数学が先だろって? だから、それは俺の好みなのだ。俺は生き物係だからな。俺は物理や数学は苦手だ。
今日の動画のお題は、自然科学シリーズ:大地と月と太陽だ。
もはや遠い昔の気がするが、俺の搭載艇に今は亡き賢者の師匠や、俺の三人の嫁を乗せて、この場所から飛び上がり、この大地が白い雲をまとった青く丸い球として見下ろせる場所まで行って見せたことがある。
そして、そのまま月をぐるりと回って、この星と月と太陽の相対的な関係を教えてやった時の映像が残っているのだ。
この里の者は、一度見ただけでは理解できまい。その迫力には、度肝を抜かれるのが必至だが、どうしてこうなっているかは、分かる訳がない。だがしかし、不思議に思うだろう。知りたいと考えるだろう。人間の、人間らしいところは好奇心。そして、それこそが科学の入り口なのだ。
不思議だ、面白い、もっと知りたい。そうなったらこっちのもの、続きは学校で今期から用意される高等部で学びましょう、という仕組みだ。
俺は、この動画から説き起こして、月の満ち欠けや地軸の傾きで生まれる季節を、そして農作業への応用を学べる講義を予定していた。
さあ、動画が始まった。
地面がどんどん遠ざかり、青い球体が漆黒の宇宙空間に浮かんでいるシーンだ。広場に集まった皆の視線が、画像に集中している。ワイワイしていた広場から、ざわめきが消えた。
いったい何を見せられている! 皆が唖然としている。
ここでタローの声が入る。今回の進行は全てタローに任せているので、俺もここから見ているだけだ。
「この大地から飛び上がり、どんどん空を昇ってきました。今、見えている球体。これが私たちの大地の姿なのです。」
しかし、そのナレーションとは別に、俺の頭の中にはタローの緊迫した声が響いた。
「ジローよ、カレンとビボウの商隊が会敵した。助けが必要だ! すぐに向かってくれ!」