その2 タローのお披露目
南門で別れたカエデは、配下の商人たちを労いつつ、連れてきた馬に馬車を牽かせて、サワダ商会に戻って行った。
ゲルタンは、騎士団配下の竜騎士長でもある。妻のカエデを見送ると、俺達と共に騎士団宿舎までやってきた。大広間に集まって、とりあえずの情報交換をしておこう。
急遽呼び出されたハンネス兵曹長と、先に戻っていたクレアも加わり、皆でテーブルを囲んだ。俺は、馬車を牽かせていた中型ボットを、そのまま連れて来ていた。
騎士団メンバーには、ボットの中のタローの存在を知らせていなかったな。これまでは、ボットは便利な機械とだけ説明していたが、今後は何かと面倒だ。ここいらで、お披露目しておくのが良いかもしれない。
◇ ◇ ◇
「打ち合わせの前に聞いてくれ。このボットが喋ることは知っているよな。実は、声の主には名前がある。タロー、出て来てくれ。」
ボットのこちらを向いた面に、タローの顔が現れた。「騎士団の皆さん、初めまして。私はタローです。私の声はご存知でも、こうして顔をお見せするのは初めてですね。」
クールツ団長とハンネス兵曹長、そしてゲルタンが、その顔をまじまじと見た。
「何と! この機械とやらには、顔と名前があったのか。ジロー先生に、よく似ておられるようですが?」そうだよね、ハンネス兵曹長にとっては、いつも門の警備で見慣れたボットだが、人格を持っているとは思わなかっただろうな。
「ああ、実は俺の兄貴分でね。タローは、全てのボットに宿っている。」
「タローは体を持たないが、人より早く、正しく考え、沢山の知識を持っていて賢い。そして、一度見聞きしたことは忘れない。ただ、ボットの陰に、常にこのタローがいることが知れ渡るのもどうかと思って、これまでは言わずにいたのです。」
「ジローよ、わざわざ私を紹介したのは、今回の顛末を私から皆に説明しろということだな?」
「ははは、その通り。ねぇ皆さん、察しのいい兄貴でしょ。」
「了解した、では少なくともこのメンバーの中では、群竜に関しては隠し事無しで進めよう。まずは昨夜の戦いの様子を見てもらおうか。奴らの実力を、正確に知っておく必要があるからだ。」ボットに、昨夜の戦いが再現された。俺たちが合流する前からの映像だった。
いつもの通り、野営地からドローンを上げて、赤外線の監視を始めたところからだ。マップには、温血動物の接近を示す赤い光点が現れない。だが気がつけば、焚火を囲む商隊には、無数の群竜が押し寄せていたのだ。
「ちょっと待て、タロー! 奴らは恒温動物ではない、冷血だと言うのか?」
「うむ、そうだ。正確には、お前たち生き物係は変温動物と呼ぶのだろう。必要のないときは、外気温と同程度の体温でいるようだ。但し、戦闘が始まれば体温は30℃弱まで上がっていた。呼吸の増加による発熱もあっただろうがな。」
おっと、今の話は、タローと俺にしか判らないだろうな。これは説明が必要だ。
「タローが放ったドローンに探知されなかったのは、奴らの体温が低いからだ。あのドローンでは、ヘビやトカゲや毒虫が探知できないのは、皆も知ってるよな?」
二人の獣人と二匹の飛竜が、うんうんと頷いた。彼らは実際に商隊護衛の任に就いたことがあるからな。
「俺たち人間や飛竜は、体温が常に高く保たれている。これは、常に行動能力を高く維持するためだが、半面で沢山食べなければならない。この種類の動物を、恒温動物と呼ぶわけだ。」
「対して変温動物という奴らがいて、周囲の温度に応じて自分の体温を変える生き物だ。ヘビや虫、そして水に住む魚もそうだ。こいつらは体温を保っておく必要がないので、あまり食べなくとも生きていけるが、素早い動作を続けるのは苦手なものが多い。」
「確かに、素早いとは言えなかったな。」ウォーゼルが言った。
「そう言われれば、返り血は決して暖かくはなかった。魔獣の返り血は熱いものだ。」カレンも頷いている。
ボットの映像は、戦いの場面に移っていた。
飛竜の体幹を駆使した肉弾戦、カレンの剣の舞は今見ても見事だった。そして、ダイジェスト版ながら、俺の剣技や魔法剣、遠くに見える強力な範囲攻撃魔法も、目の前に映し出された。
それを見たクールツ団長とハンネス兵曹長の表情が固まって、おずおずと俺の顔を見返してきた。
「いやあ、ジロー先生はお強いのですなぁ、驚きました。そして、あの大魔法は?」(続く)




